典拠となるところの明示[84]――[通過可能なワームホールの思考実験]とそちら
思考実験案出の契機となっている小説『コンタクト』から問題となることについて

関連情報にまつわるカテゴリ(各部クリックにて遷移)

黄金比を媒介に指摘できもすること(セーガン小説『コンタクト』の場合) 補説2

 直前頁では

[第五元素「的なる」ものと結びつけられている、全身で[黄金比]を体現しているとの[正十二面体]]

特定の文物に見受けられるところとして

[通過可能なワームホール概念の提唱、そして、通過可能なカー・ブラックホールと深くもつながっているもの]

にして、なおかつ、

[不可解なる911の予見的言及と深くもつながっているもの]

となっているとのことがあると申し述べた。

 具体的には

カリスマ物理学者キップ・ソーンに[通過可能なワームホール]の考察をなさしめることになったことでよく知られもしている小説作品として『コンタクト』という作品が存在している(作者は著名な科学者でもあったカール・セーガン)。 そちら小説作品『コンタクト』にては[ワームホールないしカー・ブラックホールと描写されるものの生成で宇宙の彼方と地球を結ぶ装置の形状]が「際立って」のものとして十二面体構造 ――全身黄金比の体現存在―― をとる(正確には[三層の球殻構造体を有し人が入り込む本体は十二面体構造となっている]との構造をとる)とのゲート発生装置のことが描写されているとのことがある、しかも、他の事由とあわせてそちらブラックホール関連の描写が[不自然なる911の予見的言及]と相通じ合っているとのことがある」

と申し述べた。そのうえでそちら問題となる作品、小説『コンタクト』の上にて言及なしたような特性にまつわる出典紹介及び解説をなすための部に「以降入る」([a].から[f].と振っての段の中の[a].の段にての筆を進めている中でそちら出典紹介及び解説をなすための部に「以降入る」)とし、まずもってのこととして、

[表記のカール・セーガン著書『コンタクト』 ―全身[黄金比]の体現存在であるとのゲート装置を登場させての作品ありようを問題視していくとの1985年初出の小説― が[物理学者キップ・ソーンによる通過可能なワームホールにまつわる理論深化]と密接に結びついている]

とのことの出典紹介をなした。

 以上、最前の段にての内容を振り返ったうえで同じくものことをさらに煮詰めていくこととする。

(続く段に入る前に補注として以下の※1から※3のことを述べておく)

※1.最前、つい先だっての BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』よりの原文引用部にあっては物理学者キップ・ソーンが

「ブラックホールは異なる空間を結びつけるゲートとして利用することはできないが、ワームホールならばできるとの解答が(新規に)導き出せそうである」

とのことを述べている様がみてとれる。

 要するに「ブラックホールを空間を橋渡しする機構として利用することはできないと専門家は口にしている」とのことだが、に対して、

「ブラックホールは入口に、ワームホールはその間のゲートに利用しうる」

という観点が「他の」物理学者の解説にて呈示されているとのこと「も」ある。

 本稿の先の段にて引用したことであるが、米国のカリスマ日系人物理学者として知られるミチオ・カクがその著書、

Parallel Worlds; A Journey Through Creation,Higher Dimensions and the Future of the Cosmos『パラレルワールド ――11次元の宇宙から超空間へ』(同著邦訳版の版元はNHK出版)

にあって

出典(Source)紹介の部20にて挙げていたところ、『パラレルワールド ――11次元の宇宙から超空間へ』の384ページから386ページより掻い摘まんでの引用なしていたところを「度々もの」再引用なすところとして)

カー・リングの中心にワームホールがあれば、われわれの宇宙をまったく別の宇宙と、あるいは、同じ宇宙のなかにある別の地点と、結びつけてくれるかもしれない。 …・・・(中略)・・・… 現在、おおかたの物理学者は、ブラックホールを生きて通り抜けることはできないと考えている。しかし、ブラックホールの物理的解釈はまだ未熟な段階で、この推測は検証されていない。ここでの議論のために、ブラックホールを通り抜けることができ、とくに回転するカー・ブラックホールでそれが可能だと考えてよう。すると、どの先進文明も、ブラックホールの中を探査しようと真剣に考えるだろう」

(引用部はここまでとする)

と言及されているようなこと、換言すれば、

[カー・ブラックホールとワームホールは一基のエレベーターを構成する各パートのように言及されている ――[カー・リングの中心にワームホールがあれば、われわれの宇宙をまったく別の宇宙と、あるいは、同じ宇宙のなかにある別の地点と、結びつけてくれるかもしれない](原著表記では The wormhole in the center of the Kerr ring may connect our universe to quite different universes or different points in the same universe )と言及されている―― ]

とのことがある(そして、後述するところとしてキップ・ソーンよりアイディアを供与されてのカール・セーガン小説『コンタクト』でも[ゲート]としてのカー・ブラックホールに関する言及がなされている)。
 
 その点、キップ・ソーンはその著書『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』 ――これよりの段でもくどくもの振り返り表記をなす所存だが、本稿の先の段、出典(Source)紹介の部28から出典(Source)紹介の部33-2を包摂する解説部で同著がなぜなのか「多重的に、執拗に、911の前言をなしている著作と解されるようになっている」との論拠を挙げもしてきたとの著作―― にあってのつい先ぞの原文引用部にあって

ブラックホールの芯から、超空間を通って、われわれの宇宙の別の部分に旅することは不可能である。小さな電磁的な真空のゆらぎと少量の放射にたえず爆撃されている。これらのゆらぎと放射がホールに落ち込むと、ホールの重力に加速されて、巨大なエネルギーをもつようになり、「小さな閉じた宇宙」あるいは「トンネル」あるいはわれわれが超空間を通る旅行に利用しようとするその他の乗り物に、破壊するような勢いで衝突する・・・(中略)・・・アイデアがおぼろげに浮かんだ。ブラックホールを超空間を通るワームホールに取り替えさせたほうがいいだろう](以上、『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』438ページ前半部よりの引用 ―オンライン上よりそちら文言を検索することで文献的事実であるとのことを確認できるようになっているとの原著表記は It is impossible to travel through hyperspace from a black hole's core to another part of our Universe. Any black hole is continually being bombarded by tiny electromagnetic vacuum fluctuations and by tiny amounts of radiation. As these fluctuations and radiation fall into the hole, they get accelerated by the hole's gravity to enormous energy, and they then rain down explosively on any “little closed universe” or “tunnel” or other vehicle by which one might try to launch the trip through hyperspace. [ . . . ] Carl's novel had to be changed.[ . . . ] a glimmer of an idea came to me. Maybe Carl could replace his black hole by a wormhole through hyperspace.― )

との書きようをなしているが、についても、ハーバード卒のカリスマ物理学者として知られるミチオ・カクは

[「仮定」上の超高度文明の水準に関してのニコライ・カルダジェフという物理学者の分類法( the Kardashev classification )]

にあっての

[タイプⅢの領域に達した文明](銀河系で得られる全エネルギーさえも自由に利用できるといったレベルの文明)

が他宇宙に自己の種族と自己の種族の文明を再現するために[種子]として送り出すナノマシンのようなものを観念すれば、ゲート内にあっての[凄まじい潮汐力と放射]を回避できるような書きようをなしているとのことが見受けられる。

Parallel Worlds; A Journey Through Creation,Higher Dimensions and the Future of the Cosmos『パラレルワールド ――11次元の宇宙から超空間へ』

より原文引用すれば、以下のような按配にて、である。

(直下、 Parallel Worlds; A Journey Through Creation,Higher Dimensions and the Future of the Cosmosより原文引用をなすとして)

Because the tidal forces and radiation fields would likely be intense, future civilizations would have to carry the absolute minimum of fuel, shielding, and nutrients necessary to re-create our species on the other side of a wormhole. Using nanotechnology, it might be possible to send microscopic chains across the wormhole. Using nanotechnology, it might be possible to send microscopic chains across the wormhole inside a device no wider than a cell.If the wormhole was very small, on the scale of an atom, scientists would have to send large nanotubes made of individual atoms, encoded with vast quantities of information sufficient to re-create the entire species on the other side. 

(原著よりの引用部はここまでとしておく ―※― )

(※邦訳版『パラレルワールド』にあっては[オンライン上より(調査能力ある向きならば)確認できようとの上の如しの「原著よりの」引用部]に対して次のような訳が充てられている:(以下、NHK出版『パラレルワールド』403ページよりの原文引用として)ワームホールのなかでは潮汐力や放射が猛烈になりそうなので、未来の文明は、向こう側の宇宙で再生するのに必要な燃料やシールドや養分を、最小限にして運ばなければならないだろう。そこでナノ・テクノロジーを使えば、それらを詰めた小さな鎖を細胞ほどの大きさの装置に入れて、ワームホールの向こうへ送れる可能性がある。ワームホールが非常に小さくて原子サイズだとしたら、その向こう側で全人類を全人類を再々できるだけの莫大な情報を、原子でできた長いナノチューブに詰めて送ることになるだろう(引用部終端))

 上の引用に見受けられるナノマシンは[フェムトマシン](原子核のサイズにまつわる単位たるfm規模の femto machine)にも置き換え可能か、とも思われるが(に関しては[フェムトマシン]に言及しての同じくもの思索にまつわってのサイエンス・フィクション小説、本稿の前半にてそこよりの引用をなしたとの『ディアスポラ』が存在しているとのこともある)、とにかくも、以上のような物言いがなされていることを本稿のさらに後の段「でも」問題視していく(:尚、ワームホールにナノマシンを投下、別世界での文明再建の[種子]とせんとするとのありうべき先進文明やりようにまつわる科学的仮説がいったい何時頃あたりに世に出てきたのかと考えられるのか、についても本稿にての前半部では深くも掘り下げてきもしたとのことがある ――本稿の前半部で重点的に問題視していたとの「奇怪な」予言的文物がそういう言及「をも」なしていると解される側面を有していると判断をなさざるをえぬようになっているとのこととの絡みで掘り下げてきもしたとのことがある(詳しくは Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』との作品にまつわっての予見的言及に関して深くも踏み込んでの本稿前半部の内容を参照されたい)―― )。

(話をさらにもって進める前の補注となるところの表記を続けるとして)

※2.また、カール・セーガンの『コンタクト』執筆に際してアイディアを供与したことでも知られる物理学者キップ・ソーンは

「ワームホールはSF作家のたんなる空想の産物ではない。それらは一九一六年、アインシュタインが場の方程式を定式化したわずか数ヵ月後に、その方程式の解として数学的に発見されたのである」(『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』439ページ末)

とのことをその著書『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』の中にて表記しているが、について、おそらく、キップ・ソーンは

[カール・シュヴァルツシルトという一次大戦で戦死したドイツ人科学者がブラックホールの境界線上の問題につながる理解をもたらした解法( Schwarzschild metric )を提示したその時(1916年)

のことを述べているのだと受け取れる ――和文ウィキペディア[シュヴァルツシルト半径]の現行記載内容より原文引用をなせば、1916年、ドイツの天文学者・シュヴァルツシルトはアインシュタインの重量場方程式の解を求め、非常に小さく重い星があったとすると、その星の中心からある半径の球面内では曲率が無限大になり(以下に述べるように、現在はこの考えは誤りとされている)、光も脱出できなくなるほど曲った時空領域が出現することに気づいた。その半径をシュヴァルツシルト半径( Schwarzschild radius )または重力半径と呼ぶ。シュヴァルツシルト半径よりも小さいサイズに収縮した天体をブラックホールと呼ぶ(引用部はここまでとする)とされているが、そのように1916年に時空が歪みに歪んだ領域の存在を想定させる解法が出てきたとのことで上のように表記されているのだと受け取れる―― )。
 に対しては、本稿の先の段にて挙げたウィキペディア項目[Wormhole]項目にての理論史紹介の箇所では
[ヘルマン・ワイル]
が今日、ワームホールと呼称されるもの ――別世界との扉といったニュアンス、況や、人類がそれを具現化する手段を有しているといった話とは全く関係ないと受け取れる時空間の歪み「的なる」もの、そういうニュアンスと思われるが―― を1921年に示さんとしていたとの記載がなされていたりもすることに一応、ここで言及しておく(Wikipediaにての現行の記載としては wormholes in The American theoretical physicist John Archibald Wheeler coined the term wormhole in 1957;however,in 1921, the German mathematician Hermann Weyl already had proposed the wormhole theory in connection with mass analysis of electromagnetic field energy.(訳として)「アメリカ人理論物理学者ジョン・アーチボルト・ホイーラーが1957年にワームホールとの造語を生み出した。が、ドイツ人数学者ヘルマン・ワイルが既に電磁場のエネルギーの分析との絡みでワームホール(的なるものの)理論を前面に出しているとのことがあった」とある)。

※3.さらに、(要らぬところかもしれないが)、ここ補足と位置付けての部にて述べておくが、世間的にはその物理学者としての天才性が称揚されているキップ・ソーンとて
[重大なことにつき天啓を与えた「偉大な」学者]
なぞではないだろうとの[判断]がなせるようなところがある(英語的に述べれば、[ワイズ]ないし[スマート]であっても断じて[グレート]ではない ――あるいは最悪、ただの紛いもの・傀儡(くぐつ)である―― と受け取れもしようところがある)。

 そうした判断を支える事由は二点ほどある。

 うち、第一点目として ―そこから触れるのは妥当ではなかったかもしれないが― 同男キップ・ソーンがその批判されて然るべきとのやりようが常識の世界でもつとに知れ渡っているところの、
[モルモン教の熱心な会衆]
であるとされているとのこと「も」ある(:『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』訳書p.501末にての邦訳なしもしている訳者が ―(原文引用するところとして)ソーンはすでに賭でホーキングに一回勝っているが、本書によればソビエトの科学者との賭に破れてホワイトホースを一本、モスクワに運んだらしいから、この敬虔なモルモン教徒は二勝一敗でまあまあ賭運はいい方らしい(引用部終端)として― キップ・ソーンが[敬虔なモルモン教徒]であることに言及している(ちなみにソーンに助言を請うたとのカール・セーガンはユダヤ教徒となっている))。
 それがゆえ、キップ・ソーンには
[思考の幅がドグマによって制限されている人間](不条理性とともにある特定のドグマを何の論拠もなく奉じたてまつり、そうした生き方を「是」としないとの選択をとら「なかった」向き)
としての固有の限界性がある、ないしは、そういう生き方を自分のものとして重ね合わせるだけの人間性が根深くもあるということが自然(じねん)として観念されると手前はとらえている。


脇に逸れての[余事記載]として

(筆者の意見ではなく、やりように対する世間的評価というものについて言及すれば)
 モルモン教の門人については[婚前交渉]や[自慰行為]を罪とするとの「常軌を逸して」お堅いドグマを奉ずる一方で、組織内不満分子や脱会者を[滅びの子]として組織的に不合理不条理に排斥する風が強くもあることが一般論としてよくも知られている集団である(:ときに、といった気風とワンセットになってモルモンが組織的にスパイ行為を働くとの指摘もある ――モルモン教徒が自組織の人間を言論監視・制裁を加える「違法な」検閲行為に手を出している、表沙汰になっているところでもそういう監視機構を設けていることについては英文Wikipedia[ Strengthening Church Members Committee ]を参照なすことだけでもある程度理解なせるようになっている。その点、モルモンの監視機構は自宗派内に対する締め付け・制裁をなす(モルモンに依存して生きることを選んだ[相応の人格ら]を内部的に組織的に排斥する、破門に付すというのも[制裁]である)ためのものとなり、[より性質の悪いカルト]が[「彼ら」とは本来的に無縁なはずの「外部」の人間]に対して行っている[対・部外者違法行為]よりは「幾分まし」といった感を呈するものではある(:仮に特定宗教の徒がモルモンがその[内部]になしているやりようと同様に彼らの[外部]の言論を封殺しようとすれば(日本ではそれは「仮に」付きで論じられる段階を越えている、特定カルトの数十年前に遡る躍進時期から越えてしまっている)、「違法なかたちで通信トラフィックや個人情報を収集する」ことと同様にその法的根拠は「当然に」存在しないことになり、同文に当然に「違法」ということになる(文明社会維持の最低限の建て前と合致しないとのことになる)わけだが、そして、さらに述べれば、封殺される言論の公的・情報的値打ちが高ければ高い程、その[悪質性]は増すわけだが(違法行為をなす団体の規模によっては[私人間効力]という法理論から国権の最高法規、本来は国家に箍(たが)をはめるために存在しているはずである憲法の問題にすらなりうる.この滑稽なる日本では法適用の不備の問題から憲法が画餅と化している、はなから唯名無実のものであることは置き、とにかくも、法的形式論としてはそうもなるとの話を聞き及んでいる)、ことの軽重・悪質性の問題は置き、米国にてのモルモンとはそういう[身内への検閲行為]をなすにもやぶさかではない組織として知られている)―― )。

 そうした一般的に語られるところのモルモン気風に言及したうえで、(唐突とはなるが)、

[人類文明が(はなから[崩壊]を前提・念頭にして人間のものではない都合「だけ」に基づいて)操作されてきたものであった]

とのことが[本当のところ]としてあったと[仮定]したらばどうか(ここではその[仮定]にそれを指示する材料が山と伴っているとのこととは分けてもの話をなしている)。

(それだけ述べれば、取るに足らぬ妄言と述べられようものだが)、のような[仮定]が「仮に」真実であった場合であろうとも脱会者を[滅びの子]として排斥するような団体の人間らの[思考法](思考の幅)では ―況や、彼らからみた場合の外部の人間に対してすら違法行為を平然と働くような人類の進化進歩の可能性を本質的には否定するような団体成員の思考法(思考の幅)では尚更― そうした向きらが[宗教的機序で「そうではない」と否定されたもの]を「是」としないのと同様に同じくもの[仮定]を容れることは絶対にないだろう。

 なぜならば、そうした[仮定]、すなわち、(その真偽はここでは置き)[人類文明がはなから(人間のものではない都合「だけ」に基づいて)崩壊を前提に操作されてきたものであった]との[仮定]を容れることは彼らが極めて熱心にやっていることが
[神仏の振りをした存在に根本からたばかられての愚挙]
であることを[容れること]に等しいとのことになろうからである(あちら立てばこちら立たずの相互矛盾とのかたちでの当然の論理的帰結である)。

 お分かりだろうが、モルモン教徒たれば、いや、全ての[神や仏による救済や啓明]の主張を「熱心に」容れている宗教の徒に関しては、思考の幅(情報処理能力でもいい)の問題として
[思考自由][価値尺度自由]
との原則は当てはまらず、それがゆえ、彼らには特定の発想法を完全否定するとの側面が見出せもし、それは

[こちら側にて構築させる必要があったブラックホールないしワームホールによって人類は「計画的に養殖され」全滅する運命にある(全ての人間が例外なく救済とは一切無縁なる無残なる殺され方を[予定]どおりされる)]

などという仮定は絶対に容れない ―たとえ、それが[ありうべきかもしれない]ところの論拠を山と伴っての話として眼前に披瀝されたとしても絶対に容れない― との側面となる、[ドグマ]の問題としてそうもなっていると申し述べたいのである(他の心中を探ることは霊長類としては最も基本的なところであるとしつつ書くが)。
 そう、
「そのような観点は(その話柄の馬鹿馬鹿しさとは別のところで)語るにすら足らぬ(となれば、検討するにさえ足らぬ)」
とのレベルで「絶対に」容れないだろうと考えられるぐらいに(論理矛盾を呈する)[救済]の観点を与えられている、彼らがどういう機序でか崇め奉るとの上位者(神・仏・教祖の類)より与えられているというのが宗教というものに埋没してしまっている向きらであるととらえられるのである(:モルモンの教えによると、である。仮にその身内が上記のような観点を容れだすと、のみならず、それを唱導しだすと彼には[滅びの子]のラベリングがなされる、すなわち、組織的排斥対象となるとのことにあいなろう ―もうその時点で彼らの教義と「ずれる」からである― )。 また、相応のカルトが猛威を奮っているとのアジアの極東にあってだからこそ書くことだが、日本にあっても同様の機序で組織的に動く存在が見受けられる。卵が先か、鶏が先かの問題があるが、仏教系カルトにまつわるところとして特定の言論が彼らに「相応の機序あって」反対分子と認定された人間由来のものであれば、[流布が妨害されて然るべき申しよう]との扱いを受けることになるだろうとのことが日本にあってもあるとのことがある ――筆者なぞも『「悪い意味で」実によくできたシステムだ』と常日頃思っている。目をつけられぬようにしていても目をつけてくるとの者達がこの日本「にも」いるのだとしつつも、である(相応の手合いに敵対者と目を付けられる要件が[本当のことを言う潜在力を有している(ゾンビ人間にはない)力を有している]とのことにあるとも解される中で、である)―― )。

 につき、上にて便宜的に挙げた[仮説] ―人間がゴール目指してのリミット付きで養殖されてきた種(存続自体が時限性の養殖種)であるとの[仮説]― と表記していることに関しては本稿をここまで読んでいない向きであれば、すなわち、
[はきと指し示されるところの具体的材料の山に視点向けていないとの向き]
におかれては、
[あまりにも馬鹿げている申しよう]
ととらえる向きが多かろうことか、と「当然に」思う(:この恩寵に塗(まみ)れたとでも形容できよう、ないし、限界はあるも良いところも数多ある(と相応の人間ららしくも勝手に合点しての)人類文明は見掛けどおり楽天的に繁栄し続けるのだと思う向きも多かろう)。

 だが、差し当たって(限局しての)「この段」にあって論じたきは

[そういう[観点]が[仮説]にとどまらず[部分的真実]ないし[真実]であるように見えるということを証拠の山でもって「具象論として」示そうとの本稿の内容の適否それ自体]

についてではなく(本稿の適否については長大な本稿、その内容を検討されてよくも読み手自身でご判断いただきたい)、 本稿で呈示せんとしていることがたとえ[仮説]としてでも世に出ることを妨害する(そういう[観点]が唾棄すべきドグマ以下の取るに足らぬ「非論理的」かつ「論拠を伴わぬ」終末論にすぎぬ場合は格別、そうではない場合にあって「も」仮説として世に出るとのレベルですら妨害する)との機序、あるいは、[馬鹿げたもの]へと同じくものことを貶めて見せんとする機序が[二律背反の奴隷らを用いての機序]としてこの世界にビルトインされているようであるとのことである)
 そして、そうした排斥メカニズムが人間の世界での名分を伴って発現する際には[狂信性]・[排他性](あるいはその欠如を補う臆病さ・唾棄すべき無責任性など諸々の人間性の腐敗)を伴った宗教の徒ら由来の作用となるだろうとのことである ――[排斥なす名分](反対イデオロギーや反対教義でもいい)も存在しないところでは[属人的無視]といったレベルを超えて[組織的排斥]のメカニズムは本来的には働かないとも思われる(自我がまったくないとの不快な機械人間が「連結」・「連動」させられての存在が相方手ならば[あまりにも不自然な挙]としてそういうことが具現化しうるとのことで話は別だが、ここでは人間の領域の話として[名分・建て前を伴っての組織性]を顧慮しての物言いをなしている)―― 。 また、ここで述べていることはありうべき[仮定]が[真実]たりうる可能性がある、それを支える具体的証拠がある場合に危機管理・危機対策を「妨害」するのも二律背反の宗教的ドグマの奴隷の部類のやりようとあいなろうと強くも指摘しての部となる。

 ここまででもって

「キップ・ソーンのような[新興宗教の会衆](ソーンがそうであるとのモルモン教徒の場合はフリーメーソンのメンバーであったと史的に認知認容されているジョセフ・スミスに由来する神の文書モルモン書を最高経典としてのドグマを奉ずるとの会衆)は「平気で」ドグマに基づいて人を攻撃することも「是」とし、[他の尊厳]や[彼らのドグマと一致しないありとあらゆる有意義なるもの]をドグマに基づいて無体に扱うという意味でも全幅の信を置けない」

ということを述べてきた(:私はモルモン教徒の向きを、いや、新興宗教一般を奉ずるような向きを「無条件に」[差別]しているわけではない。何も知らない、法律的に述べるところの[善意]であるとの観点も成り立つし、彼ら個人個人に対しては恨み・つらみもない。さらに言えば、彼らが日常的に何を奉じようが勝手であろうと思っているわけだが、ただ、彼らの[内面][思考の幅]は自身とは異なることを認識したうえでの話として、[彼ら流のドグマにあっての敵対者(と勝手に彼らが認定した向き)を ―主義主張が違うというただそれだけの理由で― 物理的・精神的に排斥しようという生き方]は到底、是とはできない、そして、そうした生き方は真実を「組織的に」破壊・毀損するうえで往々にして悪用されるようなものであると述べているのであり、また、彼らにあっての尖鋭化した人間、組織的に動かされる人間が「どういう意図でか」この身の道のまえに石を置けば、当然に[相応の分類に値する存在]であると判ずるに足りる、そう述べているにすぎない)。

 以上のような新興宗教(拡大志向を持ち、敵対者認定した人間を組織的に排斥するとの話が他のカルトと同様のこととしてあるとされるモルモン教)の機序にまつわる話は同じくもの観点でキップ・ソーン以外の「他の」重要な物理学者個人にも当てはまる可能性がある ――だからここでの話をなしてきた、との背景「も」ある―― 。
 すなわち、モルモンの聖地たるユタ州はソルトレイクシティ(人口のかなりの割合がモルモン教徒であるというモルモン教徒の聖地として造成された街/ただしユタ州の人口の6割超がモルモン教徒であるとされる中でその比率は5割を切るとの分析もある)にて生まれ育ったとのことである特定物理学者が「LHC実験実施研究機関が最も重視する」ブラックホール安全性論拠を呈示するものとしての
Astrophysical implications of hypothetical stable TeV-scale black holes
という論稿(俗称としてGM paperと言われるそれ)で提供しているとのことがある、すなわち、スティーブン・ギディングスにもソーンと同じことが言えることかもしれないと手前なぞが収集情報から見ていることも問題になりうる。

 が、そうしたことは、それ以上述べれば、

[不当な人身攻撃] (理論・論理の適正さが問題になっているところにて[論理]ではなく[主義信条]などの個人的特性を攻撃するとの卑劣なやりようである Hominem attack

のそしりを免れないかとも思うのでこれ以上は執拗に掘り下げることをするのは本意ではない(ただし、モルモン教徒の向きなのか判然としていないとの向き、ブラックホール生成実験とされる実験のその伝での安全性に太鼓判を押す役割を果たしているとのギディング氏が[宗教の類]につき「宗教こそが人類にかけられた呪い、諸共、毒といったものである」と批判・非難なしていることでも知られる無神論者ならば、あるいは、不可知論者ならば、まだ信用に足るか、などと私などはついつい思ってしまう)。

 につき、だが、くどくも述べるところとして、人は(それが自由な選択の結果ならば)何を信じようが勝手だろうも、

[不審事で塗れたブラックホール生成問題、我々全員を殺すことになるかもしれないブラックホール生成問題]

につき[研究機関で最も重要視される2008年発の安全性主張論稿]の共著者のうちの一人が(キップ・ソーンがそうであるように)不合理極まりないものを信じ、多く不条理なことをも平然とやってのけるとの団体の成員であるとの[懸念]が「仮に」当を得ていたのならば、そう、そうした場合にて最悪の仮定 ――本稿でその接合領域の実証を試みているとの仮定―― が「真なり」と判じられるときにはそこからして悪質性・悲劇性(人類を操っている存在がいれば腹を抱えて嗜虐的に「嗤(わら)」うような喜劇性かもしれない)が具現化しているとのことをも筆者としては[危惧]してはいるとだけは述べたい ――先述の二律背反のドグマに拘束されているともとれる向きの問題がそこにあると考えられるからである―― (:ここまでの申しようからお分かりだろうが、[高度な理論的思考]と[妄信]が学者(との役割を社会的に与えられている者)の脳の中で「不可解極まりなくも」両立を見ていようと、鰯(いわし)の頭も信心から、との言葉がある通りに、いかな観念を有していようと基本的に[内面的な領域の問題]として頓着しない(「不思議・不自然である」との疑義抱く以上には頓着しない)との人間がこの身だが、そうした向きらが[状態][属性]から推し量れる[懸念]どおり自身や自身の愛するものの存続を完全否定するようなことに手を課すような機序に沿って動くような存在ならば、そして、最悪の場合には「組織的に」そういうことをなすとのかたちで動いている[ユニット]であるようなケースでは「はきと異を唱える」という人間がこの身である)。


(補注の部にあっての※3の話を長々と続けるとして)

 直近の宗教がらみの話(キップ・ソーンがその熱心な信者であると言われているところのモルモン教にまつわる話)から離れて、ソーンは[「偉大な」科学者]なぞではなく[全幅の信が置けない向き]であろうと述べたきところの決定的な理由が(他にも)存する。

 それは ―本稿全体で問題視していることだが― 「どうしてそういうことが具現化しうるのか」というその機序(作用原理)はともかくも、

[キップ・ソーン著作『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』にあって[偶然]とはおよそ観念できないやりようでの911の事件と「事件発生前に」接合する要素が多数・多重的に見受けられる]

ということがあるとのことである。

 については ―常軌を逸した話、であるが、それに着目する必要が当然にあるだろうこととして― 「原文引用をなしながら」「具体的に何が問題になるのか」について本稿の先の段で数万余字を割いて詳説をなしているところである(:この身申しようが疑わしいと思われるのならば、その部を検討されて申しよう黒白につきご判断いただきたい ――具体的には本稿にての出典(Source)紹介の部28出典(Source)紹介の部28-2出典(Source)紹介の部28-3出典(Source)紹介の部29出典(Source)紹介の部31出典(Source)紹介の部31-2出典(Source)紹介の部32出典(Source)紹介の部32-2出典(Source)紹介の部33],[出典(Source)紹介の部33-2らを包摂する一連の解説部によってここまでその内容を取り上げてきた『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』という著作がいかようにして[文献的事実]の問題として[双子のパラドックス(1911年提唱)の機序の利用による二点間時差の応用]/[91101(2001年9月11日を意味する数)との郵便番号ではじまる地を始点に置いてのタイムワープにまつわる解説や同じくもの地で疾走させた爆竹付き自動車にまつわる思考実験による[双子のパラドックス]にまつわる説明の付与]/[2000年9月11日⇒2001年9月11日と通ずる日付け表記の時間軸上でのスタートポイントとしての使用]/[他の関連書籍を介しての「ブラックホール⇔グラウンド・ゼロ」との対応図式の介在]といった複合的要素を[僅か一例としての思考実験]にまつわるところで同時に具現化させ、もって、[「双子」の塔が崩された2001年9月11日の911の事件]の前言と解されることをなしているのか、について(筆者の主観など問題にならぬ客観情報にまつわるところとして)確認いただきたい次第である(尚、同じくもの解説部の振り返っての表記を不十分ながらも続く段でもなす)―― 。 そして、そうもした予見的言及と平仄が合うにもほどがあるとの「他の」予見的言及らがあるとの点について解説してきたところを確認いただきたい次第である。 につき、述べておけば、「疑わしい云々以前にそのような[おかしなこと]は絶対に認めないし検討しない」と思いたければ、そう思っていただいても構わない。だが、といった向きに対しても(無駄かとは思うが)敢えても申し述べれば、「容易に裏取り可能な論拠(図書館での本の借入及びインターネットの閲覧のレベルで容易に裏取り可能な論拠)を山と挙げ連ねて[話柄奇矯なれどもの、堅いところの関係性]を指し示している人間 ――その水準は本稿からご判断いただきたい―― の言い分([証示]でもいい)を無碍(むげ)・無批判・無条件に蹴ることは賢明なことではない。そして、語り手(この私)申しように見るべきところがあれば、それを無碍・無批判・無条件にその指し示しを足蹴にして無視を決め込むことは(申しよう真たれば引き受けなければならぬであろう)[結果としての無残なる死]を迎えることになっても[文句を言えぬ]とのことだけは覚悟なしておくべきであろう ――覚悟なさずにそういう手合いが死んでいくのならば「あまりにも愚劣」と映る―― 」)
 
 余事記載も多くなったが、※1から※3と振っての補注の部はここまでとする。

 さて、(振り返りなしもして)、

[通過可能なワームホールにまつわる科学的観念が世に出た経緯がカール・セーガンの『コンタクト』という小説にあること](正確にはカール・セーガンが物理学者キップ・ソーンに自己の小説『コンタクト』の科学考証を頼み、それに応じてのソーン思索の中で科学的に至当と目されるものが[通過可能なワームホール]絡みで煮詰められていったとのことがあること)

については、(長くなりすぎた感がある補注としての※1から※3と振っての話に入る「前」に)細かくも指摘してきたわけであるが、次いで、

[カール・セーガン著書『コンタクト』に対する執筆協力をなす中でキップ・ソーンによって理論上の基礎が固められることになったとの[通過可能なワームホール]の問題を扱っているキップ・ソーン著作( BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』)が「奇怪にも」まさしくものその[通過可能なワームホール]にまつわるところで911の事件(の予見的言及)と多重的に結びつくようになっている]

とのことについて「も」再度の振り返り表記をなしておくこととする ――先の補注としての※3と振っての表記部にてもかする程度に言及したことだが、同じくものこと、キップ・ソーン著作に911の予見的言及がみとめられるとのことが[著名物理学者キップ・ソーンに[通過可能なワームホール]の考察をなさしめることになったことで知られているカール・セーガン小説として『コンタクト』という作品があり、同『コンタクト』にては[宇宙の彼方と地球を結ぶ装置の形状]が「際立って」十二面体構造をとると描写されているといったことがある、しかも、他の事由とあわせて顧慮して奇怪性が問題となるようなかたちでそういう描写がなされているとのものとなっている]とのことに関わりもするとの認識で再度の振り返り表記をなしておくこととする――  


(以下、再度の振り返り表記をなすとして)

 まとめれば、

「問題となる1994年初出の(幅広く流通しての書籍化を見ている)科学解説書 BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』では
[通過可能なワームホール; traversable wormhole
にまつわる思考実験が掲載を見ており、まさにものそちら思考実験にあっての[空間軸上の始点となるポイント]、そして、[時間軸上の始点となるポイント]、その双方で[先に発生した911の事件を露骨に想起させる数値規則]が用いられており(2001911との数値と結びつくナンバーをそうではないというのならば別だが)、かつまた、そちら思考実験で用いられるメカニズムからして[「1911年に提唱された」双子のパラドックス]、要するに、[911と双子を連想させるもの]となっているとのことがある。だけではない。そちら思考実験、[通過可能なワームホール](のタイムマシンとしての利用)にまつわる思考実験のことが叙述される前の段で同じくもの1994年初出の著作『ブラックホールのと時空の歪み』にあっては他の思考実験のことが挙げられており、その実験(通過可能なワームホールのタイムマシン化に向けての応用の前提となる[時間の相対性]のことを説明するために挙げられている思考実験)からして[空間軸上の始発点]を[地番スタート番号との兼ね合いで911と結びつく地域]に置いており、また、同実験、[時間差爆発]を取り扱っているものともなる([911との数値]と[時間差爆発]との兼ね合いでかの911の事件を想起させもする)。
 加えて、である。そうもした思考実験らを掲載している著作とまったく同じテーマ(通過可能なワームホール)をまったく同じイラストレーターになるところとして扱っている「他の」著作 Zero: The Biography of a Dangerous Idea『異端の数ゼロ』からして[911の事件とブラックホールの繋がり合い]を想起させるものとなってもいる(2001年に911の事件が発生する前、2000年に世に出た「他の」著作からしてそうしたものとなっている)」

とのことがある。


 何故、上記のような「馬鹿げたこと」(悪い意味でそうとしか表しようがあるまい)が現実に具現化を見ているのか、その[機序]の問題は置くとして(そこには当然に[マリオネット仮説 ―その内容は言及するまでもないだろう― ]のようなものが真たる可能性も念頭に置かねばならなくなるが、[機序]の問題は置くとして)、さらにもって続けて、

[カール・セーガン著書CONTACT『コンタクト』に登場する異星文明より供与されたとの設定のゲート装置 ――上の振り返っての部にて問題視した著作たる BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』の著者たるキップ・ソーンがそちら著作にて問題視している[通過可能なワームホール](直上、911の先覚的言及と関わっているとの点について再述をなしたとの[通過可能なるワームホール]である)のアイディアを提供したことによって、そも、小説『コンタクト』でのその形態が定まったとの申しようがなされていることについても解説済みのゲート装置―― がカー・ブラックホール「とも」結びつくことを示す出典]

をも挙げておくこととする。


| 出典(Source)紹介の部80 |

 ここ出典(Source)紹介の部80にあっては

[カール・セーガン著書『コンタクト』に登場する異星文明より供与されたとの「設定」が付されたゲート装置 ―― BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』の著者たるキップ・ソーンが同じくもの著作にて問題視されている[通過可能なワームホール]のアイディアをカール・セーガンに提供したことで小説『コンタクト』での形態が定まっていたと解説されているところのゲート装置―― が[通過可能なワームホール]のみならず[カー・ブラックホール]「とも」結びつく

とのことの出典を取り上げることとする。それにつき、ここ出典紹介部では問題となる小説『コンタクト』の記述内容を直に引くのが直裁な方法であるととらえるのでそうすることとする。

(直下、邦訳版カール・セーガン『コンタクト』文庫版下巻(新潮社)218ページから219ページ、[グラウンド・セントラル・ステーション]の章よりの中略なしつつもの原文引用をなすとして)

「問題は」エダが控え目に口を挟んだ。「そのトンネルがブラックホールだとすると、非常な矛盾が生じるということなんです。アインシュタインの場の方程式にR・P・カーが与えた解によれば、たしかにトンネルができて、これをカー・ブラックホールと言っていますが、このトンネルはとても不安定でしてね。ほんの少しの擾乱で、たちまちトンネルは塞がって特異点に変わってしまいますから。何物もそこを通り抜けることはできないんです。わたしは極めて技術的に水準の高い文明が、陥没星の内部構造を制御して、トンネルを安定に保っているのではないか、というふうに考えてみました・・・(中略)・・・おまけに」エダが引き取って続けた。「カー・ブラックホールでは、因果律がめちゃくちゃに破られてしまうんです。ほんの僅かに針路が狂っただけで、飛び出したところはまだ宇宙がはじまったばかりということになりかねないとも限りません。例えば、ビッグ・バンのピコセコンド後かもしれないんです。宇宙はまだ、まったくの無秩序ですよ」

(訳書よりの引用はここまでとする ―※― )

(※以上の原著CONTACTにあっての Grand Central Stationの章にあっての表記は ――オンライン上にて検索エンジンに表記のテキスト入力することで特定できようところとして―― "You see," Eda explained softly, "if the tunnels are black holes, there are real contradictions implied. There is an interior tunnel in the exact Kerr solution of the Einstein Field Equations, but it's unstable. The slightest perturbation would seal it off and convert the tunnel into a physical singularity through which nothing can pass. I have tried to imagine a superior civilization that would control the internal structure of a collapsing star to keep the interior tunnel stable. This is very difficult. The civilization would have to monitor and stabilize the tunnel forever. It would be especially difficult with something as large as the dodecahedron falling through." [ . . . ] "Ana finally," Eda continued, "a Kerr-type tunnel can lead to grotesque causality violations. With a modest change of trajectory inside the tunnel, one could emerge from the other end as early in the history of the universe as `you might like--a picosecond after the Big Bang, for example. That would be a very disorderly universe."とのものとなる)

 さらにもって

[カール・セーガン著書『コンタクト』でのゲート装置が[通過可能なワームホール]と同時に[カー・ブラックホール]とも結びつけられているところの出典]

として当該著作より次のような記載を(直近引用部の後の段にあってのものとして)引いておくこととする。

(直下、邦訳版カール・セーガン『コンタクト』文庫版下巻(新潮社)241ページ、[異星人のゲート装置]につき登場人物らがどのようにとらえているかにつき記載してあるとの[グラウンド・セントラル・ステーション]の章よりの原文引用をなすとして)

 輸送システムの網の目が、電光で表示されたパリの地下鉄の路線図のように見えはじめた。エダが言った通りだった。各駅は恒星系の内部に口を開けた低質量の一対のブラックホールであると思われた。ブラックホールはその大きさから判断して、大質量の星が正常な進化の果てに陥没したものではあり得なかった。おそらくは、ビッグ・バンの名残りの原始ブラックホールを捕獲して、超絶機能を備えた宇宙船で所定の位置に曳航したのであろう。あるいは、星間物質を局所に集積して作り出したとも考えられる。エリーはそれについて質問したいと思ったが、息を呑むばかりの移動の速度に気圧されて機会を失った。

(訳書よりの引用部はここまでとする ―※― )

(※以上の原著CONTACTにあっての Grand Central Stationの章にあっての表記は ――オンライン上にて検索エンジンに表記のテキスト入力することで特定できようところとして―― A network of straight lines appeared, representing the transportation system they had used. It was like the illuminated maps in the Paris Metro. Eda had been right. Each station, she deduced, was in a star system with a low-mass double black hole. She knew the black holes couldn't have resulted from stellar collapse, from the normal evolution of massive star systems, because they were too small. Maybe they were primordial, left over from the Big Bang, captured by some unimaginable starship and towed to their designated station. Or maybe they were made from scratch. She wanted to ask about this, but the tour was pressing breathlessly onward.とのものとなる)

出典(Source)紹介の部80はここまでとする)


 以上、出典紹介でもって示しもしたことに関わるところとして重んじて然るべきと判じられることにつき指摘する。

 その点、カール・セーガンの『コンタクト』という小説は
エイリアンに供与された技術によって製造された装置
が[ブラックホールをゲートにしている「らしい」とのもの]として構築されもすることなったことを描く作品であり(カー・ブラックホールのゲート化についてはそれが否定されるようにも描かれているが、その後の段で結局、[ブラックホール・ゲート]であることが言明されている ――上の引用なしている部のページ数に「先後関係込みで」着目されたい―― )、 また、生成されたと思しいと作中にて言及されているブラックホールが原始ブラックホールと作中にて結び付けられているとの作品でもあり(上にての引用部では Maybe they were primordial, left over from the Big Bang, captured by some unimaginable starship and towed to their designated station. [おそらくは、ビッグ・バンの名残りの原始ブラックホールを捕獲して、超絶機能を備えた宇宙船で所定の位置に曳航したのであろう]との箇所を参照されたい)、 加えて、ゲートありようによってはビッグバン直後の状況(世界)に転移させられる可能性があるのではないかと作中人物に想起されるとの描写がなされてもいるとの作品でもある(上にての引用部では With a modest change of trajectory inside the tunnel, one could emerge from the other end as early in the history of the universe as `you might like--a picosecond after the Big Bang, for example. [例えば、ビッグ・バンのピコセコンド後かもしれないんです。宇宙はまだ、まったくの無秩序ですよ]との箇所を参照されたい)。

 といったことら「も」実に不気味ではある。

 何故か。本稿の内容をきちんと読まれており、目分量が利くとの人間には述べんとしていることにつき理解が及ぶであろうとのこととして、次のようなことらがあるからである。


「ラージ・ハドロン・コライダーが箱もの的装置として[ブラックホール]を生成すると考えられるようになり、そのことが実験機関に肯定的に認められるようになったのは「2001年以降」のことであるとされている(本稿の前半部にて詳述に詳述を重ねてきたことである)。セーガンの小説はそれに先立つこと、[1985年]の作品であるということがある、要するに[ブラックホールの「人為」生成]との絡みでは時期的に平仄が合わない、予見的性質が問題に[なりうる]ように見える(この段階では「[なりうる]ように見える」と表記する)とのことがある ――また述べておけば、セーガンの『コンタクト』でブラックホールを生成するとされているのは明示的には加速器とは異なる存在、[黄金比の全身での体現物、レギュラー・ペンタゴン(正五角形)が12面重なって構築された正十二面体構造の構造物(小説作中で厳密なる用途および機序が人間サイドでは不明であるとされていた構造物)]であるとのこと「も」ある(そこからして問題であると判じられるだけの理由があり、については本稿の続く段にてその点にまつわっての解説を入念になすこととする)―― 」

「他面、セーガンの小説ではカー・ブラックホールにつき[落とし込まれれば、その先はビッグバンのピコセカンド後といった状況にありかねない]とほんのすこしわざわざ形容されていること「も」あるのだが(出典(Source)紹介の部80にて訳書よりの記載も当然に引いているとの Eda continued, "a Kerr-type tunnel can lead to grotesque causality violations. With a modest change of trajectory inside the tunnel, one could emerge from the other end as early in the history of the universe as `you might like--a picosecond after the Big Bang, for example. との部がそうなる)、といった描写からして、ビッグバン直後の状況を人為的に再現しようとしているとの加速器のことを想起させるものであるとのことがある(:出典としては本稿の先の段にて加速器がビッグバン直後の状況を再現しようとしているとされることを扱った部 ―出典(Source)紹介の部24― にあって次の通りの原文引用をなしていた通りであるとのことがある。(以下、アミール・アクゼル著 Present at the Creation The Story of CERN and the Large Hadron Collider邦訳版『宇宙創造の一瞬をつくる CERNと究極の加速器の挑戦』(早川書房)24ページよりの再度の原文引用をなすとして)LHC内部での陽子衝突により解放される凄まじい量の高密度エネルギーは、科学を未踏の新たなレベル、我々の宇宙ではビッグバン直後以来観測されたことのない高エネルギーの領域へと推し進めてくれる。そのような形で大型ハドロンコライダーは我々を百数十億年昔に連れていき、誕生直後の灼熱の宇宙を満たしていた状態を見せつけてくれる(以上、再度の引用部とした)とのいわれようがなされているところである。といった一致性があることについては『[カー・ブラックホール]に自然(じねん)と伴うと受け取れる特質を述べただけ、であるから、牽強付会なこと(こじつけがましいこと)であろう』と思われる向きもあるかもれないが、筆者はそうはとらえていない)」

「また、セーガンの小説にては(出典(Source)紹介の部80で引用なしているように) Each station, she deduced, was in a star system with a low-mass double black hole. She knew the black holes couldn't have resulted from stellar collapse, from the normal evolution of massive star systems, because they were too small. Maybe they were primordial, left over from the Big Bang, captured by some unimaginable starship and towed to their designated station.(新潮社より出されている訳書表記では)各駅は恒星系の内部に口を開けた低質量の一対のブラックホールであると思われた。ブラックホールはその大きさから判断して、大質量の星が正常な進化の果てに陥没したものではあり得なかった。おそらくは、ビッグ・バンの名残りの原始ブラックホールを捕獲して、超絶機能を備えた宇宙船で所定の位置に曳航したのであろう(再度の引用部はここまでとする)と[宿駅としての原始ブラックホール]のことが問題視されているが、そこに見る原子ブラックホールとは要するに原始宇宙にしかなかったと考えられるなどとされるブラックホールにしてラージ・ハドロン・コライダー(後述するように、映画化作品はともあれ、セーガンの原作小説『コンタクト』自体では当初、厳密なる用途および機序が不明との中で建造されていったとの設定のゲート発生装置と結びつけられて「いない」粒子加速器)で生成されうる極小ブラックホールのことであること「も」ある (:オンライン上より即時確認できようとの英文Wikipedia[ Micro black hole ]項目の現行にての冒頭部記述を引いておく。→ Micro black holes, also called quantum mechanical black holes or mini black holes, are hypothetical tiny black holes, for which quantum mechanical effects play an important role. It is possible that such quantum primordial black holes were created in the high-density environment of the early Universe (or big bang), or possibly through subsequent phase transitions.[ . . . ] Some hypotheses involving additional space dimensions predict that micro black holes could be formed at an energy as low as the TeV range, which are available in particle accelerators such as the LHC (Large Hadron Collider).(大要として)「極微ブラックホールとは量子力学的ブラックホールとも呼ぶ仮説上の極小ブラックホールで初期宇宙の高エネルギーにて作られた原始ブラックホールとして存在していた可能性があるとのものである。近年の余剰次元などにまつわる仮説ではそういうブラックホールがLHCのような加速器にて実現なさしめられるテラ・エレクトロン・ボルト(兆単位の電子ボルト)程度のレンジにて生成される可能性がある」とされている通りである)」

「そして、[カー・ブラックホールというものが黄金比と結びつくとの指摘がなされるに至った ――始原期については不分明なるところも多少あるが、おそらく、セーガン小説の刊行後にそういう指摘がなされるに至ったと目される―― との存在(出典(Source)紹介の部73)]であることを想起させるように『コンタクト』に登場する[ゲート発生装置]が[正十二面体構造]を呈するものとして[全身での黄金比の体現存在となっている装置]となっている出典(Source)紹介の部80(3)の部で後述する)とのこと「も」またある」


 以上のようなことら「も」があるために『コンタクト』という作品の不気味さが増しもすると申し述べるのである ――そうした類似性の話から一歩進んでより奥まったところにはきと存在していること見受けられる不快な相関関係としていかなことがあるのかについては本稿にあっての続く段でさらに解説する―― 。

 さて、上のようなことらがあるとのことにつき、(カール・セーガン小説がそれと連携しているとのキップ・ソーン著作が化けものがかった不快なる予言をなしていると延々と詳述してきたものであったとしても)、常識的目線からすれば、次のような発想が出てくるところであろうか、と当然に思いもする。

『カール・セーガンという男が加速器によるブラックホール生成可能性が世間ではまったく観念されていなかったとされる(本稿前半部にては加速器にてのブラックホール生成が何時頃より観念されるようになったと実験機関はじめ科学界にあって断じられているかにつき解説をなしている)ところの1985年以前、小説執筆以前にて加速器におけるブラックホール生成問題を想起する余地があり、(何故、わざわざ明示しないとのやりかたをとる必要があったかは置いておき)、隠喩的に自身の小説にそうしたことにつらなる寓意を配したのではないか?』

 以上のような当然ありうべきところの疑念 ――繰り返すも、カール・セーガン小説がそれと連携しているとのキップ・ソーン著作( BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy(邦題タイトルは原著に後れること三年後に刊行されたものとして『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』))が化け物がかった不快なる予言をなしていると延々と詳述してきたものであることは置いておいたうえでの常識目線での疑念―― については筆者が原著および邦訳版の小説『コンタクト』 ―映画版ではなく小説版の『コンタクト』― を精査したうえで得た知見に基づいてのこととして、次のこと、申し述べておく。

「DVDコンテンツ化されもして今日に至るまで多くの人間に視聴されているとの映画版はいざしらず小説版の『コンタクト』の方はブラックホール・ゲートといった塩梅のゲートの発生装置が[加速器]と「明示的に」作中にて結び付けられている形跡は「全くない」とのことがある。 そして、同ゲート発生装置(『コンタクト』作者カール・セーガンの相談に応じてキップ・ソーンが[通過可能なワームホール]のアイディアを推し進めていき、それが科学界にてもある程度、着目されるに至ったとの経緯とつながっているところのゲート発生装置)については小説『コンタクト』作中にて結果的にゲート発生装置と判明したものであり、作中ではそれが完成して使用されるまで一体全体、どういう目的の装置なのかも判然としないとの描写がなされているものでもある」

とのことがある(下の出典部を参照のこと)。


| 出典(Source)紹介の部80(2) |

 ここ出典(Source)紹介の部80(2)にあっては小説『コンタクト』登場のゲート装置(作中では[マシーン]と記載されている装置)が

[異星人から送信されてきた設計図を元に同装置を建設している作中登場人物にも意図不明な装置 ――結果的にゲート発生装置として判明したもの―― と見られているものである(換言すれば、既知の[加速器]のような装置とは無縁なるものと描写されているものである)こと]

の出典を挙げておく。

(直下、邦訳版カール・セーガン『コンタクト』文庫版下巻(新潮社)178ページ、[超統一理論]の章よりの原文引用をなすとして)

明けて<始動の日>、計画本部では上級スタッフを対象に、結果を予測するアンケートを行なった。<マシーン>は動かず、何事も起らない、とする回答が大半を占めていた。少数ながら、相対性理論に反しようとどうしようと、五人は瞬時にヴェガ系に移動するに違いない、と予測する回答もあった。その他、意見は多岐にわたっていた。<シーン>は太陽系探査機であるとするもの、史上最大級の浪費を狙ったいたずらだとするもの、その他、教室、タイムマシーン、銀河世界の公衆電話など、いろいろな解釈が示された。ある科学者は、「五人は座席に坐ったまま徐々に緑の鱗と鋭い牙を持つ醜悪な姿に変ることだろう」と回答した。これは<トロイの木馬>に最も近い考え方だった。一人だけ、ずばり<終末機械>と記した者がいた

(引用部はここまでとする ―※― )

(※以上の原著CONTACTにあってのSuperunificationの章にあっての表記は ――オンライン上にて検索エンジンに表記のテキスト入力することで特定できようところとして――  Next day, Activation Day, they took an opinion poll of the senior staff on what would happen. Most thought nothing woulxd happen, that the Machine would not work. A smaller number believed that the Five would somehow find themselves very quickly in the Vega system, relativity to the contrary notwithstanding. Others suggested, variously, that the Machine was a vehicle for exploring the solar system, the most expensive practical joke in history, a classroom, a time machine, or a galactic telephone booth. One scientist wrote: "Five very ugly replacements with green scales and sharp teeth will slowly materialize in the chairs." This was the closest to the Trojan Horse scenario in any of the responses. Another, but only one, read "Doomsday Machine." とのものとなっている)

(以上に関してはその記述内容との兼ね合いでいろいろと問題となるところがある([トロイアの木製の馬の懸念の持ち出し]や[ドゥームズ・デイ・マシンという言葉の使用]や[爬虫類への変化促進]といったことがそうである)のだが、後にも問題視することにするとのそうした描写に伴う問題点のことは置いて、「とりあえずも、」ここ本段ではゲート発生装置が[その厳密なる用途および機序が不明なるもの]と小説『コンタクト』登場人物に見られているとのことを指し示すのに注力している)

 さらに述べれば、カール・セーガンの『コンタクト』原作小説に関して言えば、相応の英単語ら、[アクセレレーター(加速器)][リニアコライダー(線形加速器)][コライダー(衝突加速器)][サイクロン(前時代の汎用型円形加速器)][シンクロトロン(サイクロトロンの進化形)]といった加速器を指す英単語らとゲート発生装置が結び付けられている形跡すら「ない」、手前が精査する限り「ない」とのことがある(:などと述べても、―[あることが記述されている]とのことを証明することは該当となる部位を細かくも出典として挙げることで済むが― [そういう風にはなって「いない」]ことを証明することは難しいので「疑わしい」と考えられた読み手におかれては『コンタクト』の原著ないし邦訳版を直に手に取ってみてそうした語が含まれて「いない」のか確認してみるとの視点で検証いただきたいとも思っている)。


(補足として)

 ただ、上記のこと ――小説『コンタクト』の[ゲート装置]が加速器の類と結びつけられていないうえに、小説『コンタクト』には[加速器]という言葉も用いられていないとのこと―― については二点ほど、補足しておくべきことがある。

 第一。書籍からして(確認する限り)一か所だけ、[ゲート装置属性]とは直接的に関わらないところで加速器にまつわる用語ともなるものが出ているとのことがある。 その点、紛らわしいところではあるが、『コンタクト』第十九章[裸の特異点]の部にて
(新潮社版文庫版下巻208ページより抜粋するところとして)
「エリーが察した通り、もしここが銀河系の中心だとすれば、十二面体は強いシンクロトロン輻射にさらされているはずである」
との[ゲート装置ではなくゲート装置の行き先に関する作用]として加速器(円形加速器)実験に伴う現象として知られる synchrotron radiation[シンクロトロン輻射]との言葉(円形加速器シンクロトロンを用いての高エネルギー状況下にて[ローレンツ力]というものによって荷電粒子軌道を曲げることによって発生する電磁波の放射現象)が唯一回だけ用いられているとのことがある ――疑わしきにおかれては原著および和訳版を検討して確認いただきたいものである―― 。

 また、補足しておくべきととらえた第二の点として小説版ではなく映画版の方には加速器と結びつくような色合いが付されているとのことがある。小説『コンタクト』(1985)より12年後、セーガン没後まもなくしての1997年に封切られた映画版『コンタクト』および、その公開後、さらに後の日に世に出たDVD版解説部ではセーガン小説由来の移動装置が加速器と結びつくような描写・解説がなされている。

 具体的には手前が検討なした日本国内で流通を見ているDVDコンテンツ『コンタクト』日本語解説部(おまけ・追加要素としてよくDVDコンテンツに付されている作品解説項目の部の内容)によると[ポッドの建造]と付された部にて

(以下、国内流通DVDコンテンツにてのボーナストラック部表記より原文引用するところとして)

「設計図によれば、マシーンはリング状の線状加速器の組み合わせで、そのリングが回転して強いエネルギー空間やプラズマ渦を作りだすことになっている。ポッドは、この渦の中心にできた”ワームホール(連絡路)”へと落とされ、乗員は瞬時に宇宙の別の場所に運ばれるのだ」

(以上、日本語サブタイトル(字幕)付きの特定DVDコンテンツに認められる、(俗にボーナストラックと呼ばれるような部にての)、主演女優ジョディ・フォスターの写真を背景とした和文解説箇所よりの原文引用とした)

との解説が付されているのである。

 ロバート・ゼメキスという著名映画監督が撮った映画版『コンタクト』に表記のような背景設定が[1997年映画版のオリジナル要素]として採用されているとのことがあるのか、あるいは、DVD版の発売に伴って「後付けで」そういう解説が付されたものなのか判然とはしないのだがひとつ述べられることは、

1997年に世に出た映画版『コンタクト』(ないしさらに後に出た出たDVDコンテンツ版)のゲート装置に加速器との接合要素があっても1985年初出の小説版『コンタクト』のゲート装置に関しては加速器との接合性は明示的には見受けられない

ということである(:生成されるのが[カー・ブラックホール]であるのならば、そして、それが周囲を飲み込みだしたらば、トロイアの木製の馬としての字義通り皆殺しを伴うゲートが構築されることになるとも述べられようものにつき、[マーベラスな世界に誘(いざな)う少数人利用型ワームホール生成装置]なぞとの作中設定が採用されているのは[実に都合が良い、「大衆」向けやりよう]であると受け取られることがあるとのことはここでは置く。尚、加速器でブラックホール生成が可能ではないのかとの疑義が批判家によって呈されだしたのは1999年以降であると知られており、1999年当時でさえ粒子加速器実験機関を主軸とする科学界動向が[ブラックホール生成はありえない]の一辺倒であったところが2001年より1998年に登場した新規理論に依拠しての理論変転でブラックホール生成可能性が肯定的に容れられ出したとのことが事情が(フィクションならぬ)現実世界にはあり ――出典(Source)紹介の部1および出典(Source)紹介の部2―― 、それ以前に関しては[人間の手の届く範囲の加速器]ではブラックホール生成など夢もまた夢とされていたとのことが現実世界を巡る状況となっている ――出典(Source)紹介の部1にて複数挙げている文書ら(加速器実験実施機関の専門的一次資料も含む文書ら)のうちの実験機関公的報告文書 Review of Speculative "Disaster Scenarios" at RHICおよび米国法学者による案件分析文書 THE BLACK HOLE CASE: THE INJUNCTION AGAINST THE END OF THE WORLDなどよりの本稿にての抜粋部を参照のこと―― 。であるが、そのことはここ10数年以前に加速器とブラックホール・ワームホールの類が結びつけられて「なかった」とのこととは直結しない。 本稿の先の段でも述べているような現実的活動の一環として本件に取り組んできたとの背景があるがために突き詰めての分析・調査をなした者として指摘できるところとして[プランク・エネルギー](現行、人類が到達しうるテラ・エレクトロン・ボルトがナノジュール相当のエネルギーに過ぎないものであるところをギガジュール相当のエネルギーと結びつく絶大なエネルギー)相当のエネルギーを極小の領域に詰め込めるような加速器が存在すれば、加速器でブラックホール・ワームホール生成がなしうるとの視点は(本稿で問題視したアラン・グースといった物理学者らの論稿が世に出ていた)「1990」年前後から取り沙汰されるだけの素地が実際にあったと解され、そうした兆候を体現しての小説作品([太陽系サイズの加速器]を登場させている小説作品たる『ディアスポラ』)もが現実に存在しているとのことがある ――本稿にての出典(Source)紹介の部21から出典(Source)紹介の部21-5(2)を包摂する解説部を参照のこと―― 。 が、といったことらは[ダイナマイトしか製造する能力が無い文明]が[核爆弾級の火力の時限爆破装置]のことを云々するのに等しいことであるようなところがあり、何にせよ、ブラックホール生成の問題が現実的に見られるようになったのは従前枠組みから見てのプランク・エネジーではなくテラエレクトロン・ボルト単位のエネルギー(本稿にて先述のように蚊の飛ぶ静止エネルギー kinetic energyに等しいエネルギー)を陽子の領域、蚊の一兆分の一のサイズの領域に投下するだけでブラックホールが生成されると「新たに」考えられるようになった(1998年以降の理論動向を受けての)「2001年以降」であるとのことが専門家らが身内間で申し述べているところとなっている ――本稿にての冒頭部、具体的には出典(Source)紹介の部1から出典(Source)紹介の部3の内容をよくも精査いただきたい―― )。

 何故、そうも[時期的厳密性]を重視するかだが、(脳の天気が良いとの向きら・あるいはそもそももって生き残るための努力の意味合いさえ理解しない程に頭が機能していないとの向きらにはそこからして「最期」まで慮り難しいかとも思うのであるが)、これよりさらに摘示することになる小説『コンタクト』に見るカール・セーガンやりよう ――あるいは[ユースフル・イディオット](意味は各自お調べいただきたい)として有用との意で「愛いやつよ」と引き立てて用意した類であったとも取れるカール・セーガンという「紐付き」の傀儡クグツの背面にあって作用していた[力学の作用の仕方]とした方が適切かもしれないが、繰り返すも、本稿本義は[マリオネット仮説]を専一に云々することにはない―― 、そのセーガンの「特定の」やりようからして
我々の生き死にの問題に関わるところ
として[正確性を重視しながら突き詰めて見ねばならぬ]との要素が伴っている、という認識が ―本稿にてここまで具体的に摘示してきたような[あまりに奇怪]かつ[あまりに不快]な事由らを斟酌したうえでも― この身にあるからである(:尚、そうしたことをひたすらに突き詰めて見る必要があると訴求するこの身ではあるが、かく述べる自身とてときに錯簡・誤記の類をなしてしまう、固有名詞を誤って表記する、基礎概念について脱字・脱漏を含んでの表記をなしてしまう、といった汎ミスの範囲ではミスをなしてしまう(しかもときに不寛容な人間に軽侮冷笑を買おうとのところでそういうミスをなしてしまう)こともある[人間としての欠点]を有していることもあるとは重々認識している。しかし、筆者の述べていることの本質部を傷つけるようなかたちでそういうことが生じるのに努めて神経を使うべきであると最近は「より一層」注意するようになっており、その体現物が慎重を期しての本稿であるとも述べておく)


出典(Source)紹介の部80(2)はここまでとする)


 前のページへ〔PREVIOUS PAGE〕     次のページへ〔NEXT PAGE〕


直下、本稿冒頭部へのリンクを設けておく

(⇒冒頭頁へは下の部より)

[典拠紹介部第1頁 加速器実験に伴う欺瞞性から証示なせることについて]

 上にて挙げているのはドイツ浪漫主義芸術の巨匠たる18世紀画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Freemasonでもあったとの画家 Caspar David Friedrich)の手になる一品、

Der Wanderer uber dem Nebelmeer『雲海の上の旅人』(に多少の[動き]をアレンジとして加えたもの)

となる。

 言われようの問題として一般に、

[人間の崇高なる精神が高みを目指し、ついぞ多くの物事を達観するに至った時、その折の孤独と感慨を描いた画]

などと形容される上掲の『雲海の上の旅人』に関して(本稿でもその言行を順次・段階的に取り上げることになるとの)物理学者リサ・ランドールは[次のような申しよう]をなしている。


(直下、物理学者リサ・ランドールの手になる著作 Knocking on Heaven’s Door『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)にての CHAPTER THREE LIVING IN A MATERIAL WORLD[第三章 物質世界に生きる]の章の記述内容 ――オンライン上検索エンジンにあっての原文検索にて該当部特定できるところの記述内容―― よりの原文引用をなすとして)

Our universe is in many respects sublime. It prompts wonder but can be daunting ―even frightening― in its complexity.  Nonetheless, the components fit together in marvelous ways. Art,science, and religion all aim to channel people’s curiosity and enlighten us by pushing the frontiers of our understanding. They promise, in their different ways, to help transcend the narrow confines of individual experience and allow us to enter into―and comprehend―the realm of the sublime. (See Figure 11.)
          [ . . . ]
[ FIGURE 11 ] Caspar David Friedrich’s Wanderer Above the Sea of Fog (1818), an iconic painting of the sublime ― a recurring theme in art and music.

(上の原著引用部に対する[訳文]として国内流通訳書『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)ハードカヴァー版にあっての81ページに記載されているところを引くとして)

多くの点で、私たちの宇宙は崇高だ。その複雑さは好奇心を駆り立てはするが、無力感も抱かせるし、ことによっては恐怖さえも感じさせる。にもかかわらず、宇宙の構成要素は素晴らしくぴたりと絡みあっている。芸術、科学、宗教は、いずれも人々の好奇心を促して、理解の限界を広げさせ、それによって私たちを啓蒙することを目指している。いずれもそれぞれのやり方で、個人の経験の狭い領域を越えさせることを約束している。それがかなえられたとき、私たちは崇高なものの領域に踏み込む――そして理解する――ことができるのだ(図11を参照)。 …(中略)… [図11]ドイツの画家カスパー・ダーヴィド・フリードリヒの「雲海の上の旅人」は、崇高なものを象徴的に描いた作品だ。崇高さは、美術と音楽に繰り返し登場するテーマである

(以上をもって Knocking on Heaven’s Doorにての原著表記および訳書よりの引用とした)


 さて、何故、ここ脇に逸れての部にあって「目立つように」特定絵画 ― 『雲海の上の旅人』― を挙げ、その絵画に対する物理学者の評しよう ―「雲海の上の旅人」は、崇高なものを象徴的に描いた作品だ....― などを引いたりもしたのか

「それは、」
絵画『雲海の上の旅人』に対して直上引用なしたような評しようをなしているとの物理学者リサ・ランドールが

加速器によるブラックホール生成可能性にまつわるトピックの理論深化に一廉ならぬ貢献をなしているとの著名物理学者

[[崇高なるもの]を目指しての宇宙の探求(およびそのための装置と銘打たれている巨大加速器LHC)の称揚・礼讃をなしているとの向き

であるとのことがあり、また、なおかつ、彼女リサ・ランドールの手による、(絵画『雲海の上の旅人』を科学者が目指しての[崇高さ]とを結びつけている)引用元著作 Knocking on Heaven’s Door『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)が

人間のありよう(崇高さとはおよそ程遠いところにあるありよう)]
人間の辿る運命

を嘲笑うような[嗜虐的寓意]で満ち満ちていると申し述べられるようになっている著作であるとのことがある、遺憾ながら
[理の当然]
として申し述べられるところとしてある ――個人のせせこましい偏頗(へんぱ)な主観などとは一線を画したところで客観的かつ具体的にこれはこうでこうだと申し述べられるようになっている(出典呈示を第一義にしての本稿では無論、その論拠を事細かに挙げる)とのところとしてある―― からであり、そのことに注意を向けたかったからである(※)。

(※上にて引用元とした著作、 Knocking on Heaven’s Door『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)、同著にあってはその冒頭部より
September 10, 2008, marked the historic first trial run of the Large Hadron Collider (LHC). Although the name―Large Hadron Collider― is literal but uninspired, the same is not true for the science we expect it to achieve, which should prove spectacular. (表記英文引用部に対する訳として)「2008年9月10日、ラージ・ハドロン・コライダー(LHC)が歴史的始動を見た.[ラージ・ハドロン・コライダー]との名称は有り体に言ってインスピレーションを何ら与えぬとの平凡なものだが、私たちがそれ(LHC)に[証明すべきととらえている壮大なる挙]を託しているとの意では[科学(の進歩)]にとり同じくものことは真実とはならない(LHCは際立ってのインスピレーションを与えるものである)」
などとのことが書き記されている。
 そうもした書きようが目立ってもの冒頭部にてみとめられる著作ノッキン・オン・ヘブンズ・ドアにおける表題、 [天国のドアをノックする]の由来についてリサ・ランドール女史は同じくもの著作の中で次のようなことを述べてもしている。
(以下、 Knocking on Heaven’s Doorにての CHAPTER FOUR LOOKING FOR ANSWERSより引用なすところとして)
I first heard the phrase “knockin”on heaven’s door”when listening to the Bob Dylan song at his 1987 concert with the Grateful Dead in Oakland, California. Needless to say, the title of my book is intended differently than the song’s lyrics, which I still hear Dylan and Jerry Garcia singing in my head. The phrase differs from its biblical origin as well, though my title does toy with this interpretation. In Matthew, the Bible says, “Ask, and it shall be given you; seek, and ye shall find; knock, and it shall be opened unto you: For every one that asketh receiveth; and he that seeketh findeth; and to him that knocketh it shall be opened. (以上原著表記に対して訳書『宇宙の扉をノックする』(NHK出版)ハードカヴァー版[第四章]103ページにての表記を引くとして) Knocking on Heaven’s Door(天の扉を叩く)]――これが本書の原題だが、私が最初にこのフレーズを聞いたのは、一九八七年、カリフォルニア州オークランドでのグレイトフル・デッドとのコンサートで、ボブ・ディランが『天国への扉』を歌うのを聞いたときだった。いまでも私の頭の中ではディランとジェリー・ガルシアがこれを歌っているのが聞こえてくるけれど、いうまでもなく、私の本のタイトルは、この曲の歌詞とは意味が違っている。このフレーズは出典である聖書の一節とも違っているが、私のタイトルはこちらの意図を拝借したものだ。聖書の「マタイ伝」には、このように書かれている。「求めよ。さらば与えられん。尋ねよ、さらば見いださん。門を叩け、さらば聞かれん。すべて求むる者は得、たづねる者は見いだし、門を叩く者には開かれるるなり
(以上、引用部とした)
 といったところ、新約聖書のマタイ伝にあっての
[求めよ。さらば与えられん。尋ねよ、さらば見いださん。門を叩け、さらば聞かれん。すべて求むる者は得、たづねる者は見いだし、門を叩く者には開かれるるなり]
とのフレーズ、それが
[天国の門]・[天国への扉]・[天国への階梯](ステアウェイ・トゥ・ヘブン)
との兼ね合いでいかように嗜虐的なる別側面での意味( Double Meaning )と共にあるのか、そのことからして具体的典拠を挙げ連ねるとの式で遺漏無くも事細かに示そうというのが本稿の本義であるとここ脇に逸れての部にあって訴求しておきたいとの意図が筆者にはある)

当サイト内にあっての【各頁および各典拠への一覧方式遷移部】、及び、【PDF形式文書配布ページ】へのリンクを直下、設けておく

各頁および各典拠への一覧方式遷移部へは以下より


問題となる[「予見的」言及→実現]の体系についての[典拠紹介部]一覧呈示頁

PDF形式文書配布ページへは以下より


典拠解説媒体としての[一括PDF文書]の公開頁

ここ本頁内にて[参照先]として挙げている【「容易に後追い確認なる」「堅い」ソースを呈示しての出典紹介部ら】、それぞれへの[遷移経路]を設けておく (:クリックすることでブラウザ ―インターネット閲覧ソフト― の[別タブ(別枠)]にて典拠紹介部を表示( open "additional" tabbed window(s) of web browsers

[出典(Source)紹介の部1](加速器のブラックホール生成リスク問題視の契機が1999年にあり、の折、実験機関はブラックホール生成可能性それ自体を否定していたとのことにまつわっての典拠紹介部1)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第2頁 1999年における加速器を巡る議論動向

[出典(Source)紹介の部2](加速器によるブラックホール生成が[現実的にありうること]と当事者実験機関および科学界にて表立って論じられ出したのが2001年であると判じられるようになっていることにまつわっての出典紹介部2)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第3頁 ブラックホール生成可能性にまつわる研究機関の変節の経緯

[出典(Source)紹介の部3](加速器のブラックホール生成問題に関し、「たとえブラックホール生成がなされても蒸発するから安全である」との論理を目立って前面に出しての実験機関公式報告書が2003年に出されていることにまつわっての典拠紹介部3)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第3頁 ブラックホール生成可能性にまつわる研究機関の変節の経緯

[出典(Source)紹介の部31](キップ・ソーン著作 BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』が[911の事件の先覚的言及文物]となっていることにまつわっての出典紹介部31(以降)の部)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第25頁 ソーン『ブラックホールと時空の歪み』のとんでもない特性

[出典(Source)紹介の部32](キップ・ソーン著作 BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』が[911の事件の先覚的言及文物]となっていることにまつわっての出典紹介部32(以降)の部)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第26頁 書籍『ブラックホールと時空の歪み』の問題性(続き)

[出典(Source)紹介の部33](キップ・ソーン著作 BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』が[911の事件の先覚的言及文物]となっていることにまつわっての出典紹介部33(以降)の部)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第27頁 ソーン著作とサイフェ『異端の数ゼロ』の関係性