典拠となるところの明示[56]――ダンテ『地獄篇』およびミルトン『失楽園』にあっ
ての[現代的観点から見た場合の多重的ブラックホール類似物]

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ダンテ『地獄篇』とミルトン『失楽園』に見る(「今日的観点で見た場合の」)ブラックホール近似物に関して何が問題になるのかについて ――『ギルガメシュ叙事詩』を引き合いにして純・記号論的に述べられもすること[6]

 直前頁末尾にあっては以下のこと、申し述べていた。


 これより[次の関係性]についての説明を講ずることとする(そちら関係性は[黄金の林檎を巡ってファム・ファタール(男を破滅させる筋目の女)とでもいうべき女(ヘレン)を誘惑の具に用いたアフロディテ]と[イシュタル]の間に接合関係が存在していること ――先の段にて指し示したこと―― の意味性をさらに増大させしめるとのものともなっている)。

「大洋の彼方にある[黄金の林檎の園]にて黄金の林檎を管理するヘスペリデスらの出生については
[彼女達はアトラスの娘である(Atlantides;アトランティデスである)]
と語られもする(出典(Source)紹介の部40)以外に、
[彼女達は夜の神ニュクスが一人で産んだか、ないし、原初の地下の神エレボスとの間に産みだした存在である]
[彼女達は黄昏の神ヘスペロスの娘らである]
といった異伝・異説が存在している。
 そのように複数ある出生説らの中の特定のものでヘスペリデスらの父親とされる[ヘスペロス]については
[宵の明星(イブニング・スター)の体現存在]
[ルシファーとの呼称と結びつく存在]
であるとの見解が歴年呈されてきた存在でもある(続いての出典(Source)紹介の部62を参照のこと)。
 さて、[明けの明星]こと[金星]についてはルシファーのみならずアフロディテ・イシュタル・ケツァルコアトルらと(ここまで問題視してきた複合的一致性の中の一要素として)結びつく天体である。
 加えて、ヘスペリデス姉妹らにあってのヘスペリデスという語句自体が、(その[黄昏と宵の明星の神]ヘスペロスとの響きとの類似性からもおもんぱかれるところなのでもあるが)、宵の明星たる金星との接合性を歴年指摘されてきた存在ともなっているとのことがある(同文に下にての出典(Source)紹介の部62を参照のこと)。
 端的に表記すれば、
[黄金の林檎を管掌するヘスペリデス ←→ [語源的接続性・ヘスペロス神(宵の明星の体現存在)の娘らとの話が伴う存在] ←→ [金星体現存在] ←→ [金星と結びつく特質を[ルシファー・アフロディテ・イシュタル・ケツァルコアトル]らと共有する存在]
との関係性「も」が成立していることになる」


 

 ここ本頁では直上表記のことにまつわっての典拠紹介をなすことからはじめる。


| 出典(Source)紹介の部62 |

 ここ出典(Source)紹介の部62にあっては黄金の林檎の園を管掌する存在として伝承が語るヘスペリデス姉妹らの父親が(ここまで紹介してきたところとしての)巨人アトラスではなく[Hesperusヘスペロス]という[宵の明星の体現存在]であるとの異説が存すること、また、その[Hesperus]が[ルシファー](という名称)と親和性高い存在であることに言及しているとの出典を多少細かくも挙げておくこととする。

 メジャーどころとして一世紀以上にわたって米国人の神話理解のための標準書となっていたとされるトマス・ブルフィンチ(日本でもその騎士道ロマンスにまつわる書籍などが岩波書店から翻訳・刊行されているとの19世紀米国の代表的文人)の手になる書、

THE AGE OF FABLE(『伝説、その時代』とでも直訳できようタイトルの著作で訳書も講談社学術文庫や岩波書店と出版元を異にし、また、邦題を異にし、複数版刊行されているとの書籍)

の記述を引くこととする。

(直下、 Project Guntenbergのサイトにて誰でも全文ダウンロードできるとの Rev. E. E. Haleとの人物の編になる現代訳版 BULFINCH'S MYTHOLOGY THE AGE OF FABLE Chapter XII Hercules. Hebe and Ganymede[十二章 ヘラクレス、ヘーベー、ガニメデ]の部より引用をなすとして)

The most difficult labor of all was getting the golden apples of the Hesperides, for Hercules did not know where to find them. These were the apples which Juno had received at her wedding from the goddess of the Earth, and which she had intrusted to the keeping of the daughters of Hesperus, assisted by a watchful dragon. After various adventures Hercules arrived at Mount Atlas in Africa. Atlas was one of the Titans who had warred against the gods, and after they were subdued, Atlas was condemned to bear on his shoulders the weight of the heavens. He was the father of the Hesperides, and Hercules thought might, if any one could, find the apples and bring them to him. But how to send Atlas away from his post, or bear up the heavens while he was gone? Hercules took the burden on his own shoulders, and sent Atlas to seek the apples. He returned with them, and though somewhat reluctantly, took his burden upon his shoulders again, and let Hercules return with the apples to Eurystheus. Milton, in his "Comus," makes the Hesperides the daughters of Hesperus and nieces of Atlas:
"… amidst the gardens fair /
Of Hesperus and his daughters three, /
That sing about the golden tree." /
The poets, led by the analogy of the lovely appearance of the western sky at sunset, viewed the west as a region of brightness and glory.

(かなり細かくも補っての拙訳として)
「どこにて入手できるか分からなかったがために(ヘラクレスの12の)功業の中でヘラクレスにとり最も困難であったのがヘスペリデスの黄金の林檎を取得することであった。黄金の林檎はユーノー (訳注:ギリシャのヘラ神のローマ表記) が彼女の婚儀に際して大地の女神(ガイア)から受け取ったものとなり、彼女はそれを
ヘスペロス神(Hesperus)の娘達
に彼女らの助けとなる竜を配しての中で管理委託した。様々な冒険を経てヘラクレスはアフリカ大陸にあるアトラス山に辿り着いた (訳注:本稿にての出典(Source)紹介の部39に続いての段ではアトラスのいる場所、ヒューペリオーンの地をアトラス山脈があるアフリカと単線的に同一視しない見方があると申し述べたが、他面、ヒューペリオーンの地をアフリカであるとの見方もなせ、ここにて引用をなしている THE AGE OF FABLE著者ブルフィンチはそうした視点に立っての書きようをなしている)
 アトラスは神々に対して戦を仕掛けたタイタンの一人であり、そして、戦乱の平定後、その双肩に天を背負うことを余儀なくされたとの存在であった。彼は[ヘスペリデスの父親]であり(訳注:ブルフィンチはヘスペリデスについて[ヘスペロス(宵の明星)の娘]としている一方で[アトラスの娘]であるとの見立てを両建てで提示しているように受け取れる)、ヘラクレスはそれができるのならば、アトラスこそが黄金の林檎を彼の元に持ってこれると考えた(訳注:本稿にての出典(Source)紹介の部39ではアポロドーロス著作『ビブリオテーケー』を出典にして[アトラスに頼んでのヘラクレスの元への黄金の林檎の送り届けの着想]には前段階としてプロメテウスの[アトラスのところに行くべきであろう]との提案があったことを引きもしたが、ブルフィンチはそのような過程を割愛してなのか、別解釈に拠ってなのか、ここにて[ヘラクレスがアトラスに黄金の林檎取得を頼むとの考えを一人で導き出した]ような書きようをなしている)
 しかし、アトラスを彼の役割から解放して林檎を取りにやらせるのならば、誰が代りに天を担ぐというのか。ヘラクレスはその肩にて天を担ぐとのことをなすことにし、アトラスに林檎を取りにやらせた。アトラスは林檎を持って戻ってきて、幾分、逡巡するところがあったが、再度、自身の肩に天を担ぎ(訳注:神話類型にあってはアトラスがヘラクレスに天を担がせたまま逃げることを考えたとの言い伝えもあるが、ここではそうした理解があることにブルフィンチは言及してないで though somewhat reluctantly「幾分、逡巡するところがあったが」とだけ付している)、そして、ヘラクレスがそれら林檎を持って(彼に功業を依頼していた)エウリュステウスの元に戻ることを許した。
(さて、)ミルトンは彼の戯曲『コマス(訳注:Comus/『失楽園』を代表作とする文豪ジョン・ミルトンが1634年、20代前半の若かりし頃に発表した戯曲)にて(黄金の林檎を管理する)ヘスペリデスをして
ヘスペロスHesperus(宵の明星)の娘達
アトラスの「姪」ら ――(daughters「娘」らではなくnieces「姪」ら)―― 

としている
(『コマス』よりの記述より引けば)
[美(うつく)しの庭の中、 … amidst the gardens fair
[ヘスペロスの三なる娘らが Of Hesperus and his daughters three,
[黄金なる樹について唄う That sing about the golden tree.
と。
 詩人(ジョン・ミルトン)は西方、その夕焼けの空の情感そそる景観との類似性に揺り動かされるところがあって、西方(ヘスペリア)を[輝き]および[栄光]の領域と見ていたのである」

(引用部はここまでとする)

 以上のようにブルフィンチの流通している解説本にあってからして

「ヘスペリデスには[アトラスの娘ら]説と[宵の明星としてのヘスペロスの娘ら]説の複数が存在しており、『失楽園』をものしたジョン・ミルトンは後者の立ち位置に立っている(そして、ヘスペリデスをアトラスの「姪」らとしている)」

との記載がなされている(尚、付記しておくが、ブルフィンチの同じくもの THE AGE OF FABLEにては本稿のすぐ上の段にて問題視したこと、ヘスペリアが[イタリア]と同義となっていることについての言及もその他所にてなされている。抜粋をなせば、( Chapter XXIV Adventures of AEneas The Harpies Dido Palinurusの節よりの抜粋をなせば)、 They arrived at Crete, and began to build their city, but sickness broke out among them, and the fields that they had planted failed to yield a crop. In this gloomy aspect of affairs, AEneas was warned in a dream to leave the country, and seek a western land, called Hesperia, whence Dardanus, the true founder of the Trojan race, had originally migrated. To Hesperia, now called Italy, therefore, they directed their future course, and not till after many adventures and the lapse of time sufficient to carry a modern navigator several times round the world, did they arrive there.「アエネイウス一行がクレタに到達した折、彼らは自分たちの都市を建設しだしたが、彼らの間に疫病が蔓延り、そして、彼らが作付けした大地が作物を実らすこともなかったとの状況に陥った。こうした出来事にともなっての沈鬱なる様相の中、アイネイアスは夢見にてそこより去ることを(女神によって)警告され、ヘスペリアと呼ばれる西方の土地 ――トロイアの氏族の真の創設者たるダルダノスが元来そこに住まっていた土地―― を求めて動くようにと告げられた。したがって、現在、イタリアと呼ばれるヘスペリアに向けて彼らアエネイウス一行は進路を定め、そして、現代の航海者(ブルフィンチが THE AGE OF FABLEを執筆した19世紀中盤の航海者)が何度も世界中を回るのに十分相当するといった冒険と時の経過を経て、アエネイウス一行はそこイタリアに辿り着いた」(引用部訳はここまでとする)とのところが該当部となる)。

 さらに、ヘスペラスHesperusが[宵の明星]の体現存在であり、ルシファーという言葉とそれがゆえに親和性高くもなっている存在であることの出典を挙げておく

(直下、17世紀前半、1637年に記されたとのジョン・ミルトンの手になる戯曲『コマス』、そちらに注釈をつけての近代訳版(19世紀末刊行版)として Project Gutenbergのサイトにて全文ダウンロードできるようになっている MILTON’S COMUS WITH INTRODUCTION AND NOTES(1890) ― William Bellとの人物の編になる版― の注釈部(Note)の記載を抜粋することとして)

93. star ... fold, the evening star, Hesperus, an appellation of the planet Venus: comp. Lyc. 30. As the morning star ( called by Shakespeare the ‘unfolding star’), it is called Phosphorus or Lucifer, the light-bringer. Hence Tennyson’s allusion:
“Bright Phosphor, fresher for the night,... Sweet Hesper-Phosphor, double name.”-
In Memoriam, cxxi.

(上は注釈番号93とされているところだが、その内容を逐語訳ではなく意訳なせば、次のようになる)
「(注記番号93の星)宵の明星[ヘスペラス]、金星(ヴィーナス)の名称シェイクスピアが[打ち明けの星](アンフォールディング・スター unfolding star)と呼んだ星、[フォスフォラス(訳注:英語では鉱物の燐リンの名となるギリシャにての明けの明星(およびその体現神格)の表記)ないし[ルシファー]、そして、[光をもたらすもの]と呼ばれる星となる。加えて、テニスン(訳注:ヴィクトリア朝期英国の著名な詩人アルフレッド・テニスンのこと)が「輝く明けの明星、夜空にあって新鮮なるもの、甘き宵の明星、二重の意を持つもの」とその『イン・メモリアム』にて述べている存在となる」

(意訳付しての引用部はここまでとする)

 直近抜粋部をもってしてもいかように[ヘスペリデスの父⇒ヘスペラス]が[ルシファー](という言葉)と結びつくとされてきたのか、 ――本稿にて重んじている[文献的事実]の問題として「結びつく」と述べられてきたのか―― ご理解いただけたのではないかと思う(:さらに述べれば、本稿にての出典(Source)紹介の部49で同様に Project Gutenbergにて誰でもダウンロードできるとの著作として挙げていたもの、 ASTRONOMICAL LORE IN CHAUCER(1919)『チョーサー(カンタベリー物語の作者の14世紀詩人ジェフリー・チョーサー)に見る天文知識』より原文引用しているところとして all the planets, that most often mentioned by Chaucer is Venus, partly, no doubt, because of her greater brilliance, but probably in the main because of her greater astrological importance; for few of Chaucer’s references to Venus, or to any other planet, indeed, are without astrological significance. Chaucer refers to Venus, in the classical manner, as Hesperus when she appears as evening star and as Lucifer when she is seen as the morning star.(訳として)「チョーサーに言及されている全ての天体の中で最も多く言及されているのは疑いもなくビーナス(金星)であるとのことになっており、については、金星の輝度の高さ、しかし、主たるところではその天文学における重要性にある(と解される)。チョーサーのヴィーナス(金星)への言及、そして、他の天体への言及のどれをとっても本然的に天体に重きを置いてのことなくして成り立つようなものではない。チョーサーがヴィーナス(金星)に言及するとき、そのやりようは古典的なところに従っており、金星が[宵の明星](イブニング・スター)として現われての折については[ヘスペロスHesperus]として金星につき言及し、[明けの明星](モーニング・スター)として金星が認められるときには[ルシファーLucifer]と言及している」との記載からもそうした理解がなされていることは伺い知れるようになっている)

(※本稿の先立っての段にて先述なしていたことを繰り返しておく → ここまで述べてきたようなHesperusヘスペロスの娘達ともされる[ヘスペリデス]についてだが、英文Wikipedia[Hesperides]項目にあってのEtymology[語源]の節にては the name means originating from Hesperus, the evening star Venus, equivalent to vesper(訳として)「(Hesperidesとの名前の語源としては)[ヴェスパー]という語に等しき宵の明星としての金星、ヘスペロスに端を発する存在を意味している」と表記されもしており、そも、[黄金の林檎]を管掌する娘達を指してのヘスペリデスという語自体が[金星]と結びつくとの説明が付されてもいる ――[黄金の林檎の管理者ら]を指す呼称はAtlasの娘達をAtlantidesと表するような観点(先述の観点)から離れもして、ヘスペリデスは[金星]から名付けられてのHesperidesとなっているとされているとのことがある―― )

(※上と同文に本稿の先立っての段にて先述なしていたことを「さらに」繰り返しておく→ヘスペリデスのアトラスと並んでの別解釈での父親がHesperusヘスペロスとなっている一方で
[彼女らHesperidesの母親の複数候補のうちの一人の名前]

[彼女らHesperidesの単数形ないし構成単位と結びつく名前]
が[Hesperia]ヘスペリア(父親候補[Hesprus]とは異なるが[Hesperus]と同様にHesperidesと非常に似たような響きの名たるHesperiaヘスペリア)とされているとのこともある。
 そちらについては本稿の先立っての段でそちらよりの原文引用をなしたところのブリタニカ百科事典で最も著名なる版 THE ENCYCLOPAEDIA BRITANNICA A DICTIONARY OF ARTS, SCIENCES, LITERATURE AND GENERAL INFORMATION ELEVENTH EDITIONにあっての VOLUME XIII SLICE IVにて次の如き表記がなされているところである。
HESPERIDES, in Greek mythology, maidens who guarded the golden apples which Earth gave Hera on her marriage to Zeus. According to Hesiod (Theogony,215) they were the daughters of Erebus and Night; in later accounts, of Atlas and Hesperis, or of Phorcys and Ceto ( schol. on Apoll. Rhod. iv. 1399; Diod.Sic.iv.27). They were usually supposed to be three in number-Aegle, Erytheia, Hesperis ( or Hesperethusa ); according to some, four, or even seven. They lived far away in the west at the borders of Ocean, where the sun sets. Hence the sun (according to Mimnermus ap. Athenaeum xi. p. 470) sails in the golden bowl made by Hephaestus from the abode of the Hesperides to the land where he rises again.(幾分か委細省いての訳として)「ヘスペリデスはギリシャ神話にて大地神が女神ヘラのゼウスとの婚礼に際して贈り与えた黄金の林檎を守護する乙女らとなる。ヘシオドス『神統記』によれば、彼女らはエレボス神と夜(の体現神格)の娘らであるとされ、より後の説明では、アトラス(父)およびヘスペリス神[Hesperis](母)の間の娘ら、あるいは、ポルキュスとケートーの両神の間の娘らであるとされている(ロドス島のアポロニウスらの言いようの特定部による)。彼女らは通例、アイグレー・エリュテーイア・ヘスペリス[Hesperis](またはヘスペレトゥーサ)の三人よりなるとされている。他の説明によるところでは4人、あるいは、7人であるされることもある。彼女らは[遙か西方の大洋の果て]、[日が沈むところ]にて住まうとされる。それゆえに、(ミムネーマスによる古典によれば)太陽はヘパイトスにて鋳造された黄金の鉢状の容器に入っての式にてヘスペリデス住まいから彼が再び昇る場へと航海をなしていくとされている」)

(長くもなったが、出典(Source)紹介の部62はここまでとする)


 直上にあって

[黄金の林檎との神話上の存在が[(ルシファーとの語と結びつく)金星]といかように結びつくか]

とのことについて示したとして、である。

 ここまでの内容をまとめれば、次の通りとなる。

[アメリカ(コロンブス到来時点ではアステカ文明・後期マヤ文明・インカ文明が南北に渡って隆盛を極めていた大陸)] ←→ [(フランシス・ベーコン著作に見る)アトランティス] ←→ [(プラトンのアトランティスにも仮託されてきた)黄金の林檎の園] ←→ [(黄金の林檎の園と同一視されるだけの要素を伴い、また、実際に一部にて黄金の林檎の園と同一視する見立てが呈されてきたとの)エデンの園] ←→ [誘惑者たる蛇] ←→ [サタン・ルシファーに比定される存在] ←→ [金星との語源的結びつき] ←→ [ヘスペリデス] ←→ [黄金の林檎の園] ←→ [アメリカと看做されもしていたアトランティスのひとつの顔としての側面](回帰)

との関係性が存在していると指摘出来てしまう(その指摘を典拠呈示と共になしてきたのが本稿である)とのことである。

 そうもした中で

[ケツァルコアトル(「アメリカ」アステカ文明にての崇拝対象)] ←→ (記号論的一致性が存在) ←→ [ルシファー(「エデンの園」誘惑の蛇)]

との関係性が

[金星の体現存在]
[文明の触発者と定置されるような側面]
[蛇]
[期待を裏切っての破滅をもたらす存在としての側面] (崇拝者の破滅はキリスト教徒によってもたらされる/崇拝者の破滅が疫疾と結びついている、とされることもある)

との各側面より指摘できるところとなっている(出典(Source)紹介の部53から出典(Source)紹介の部54(4))。

 そして、そうもしたケツァアルコアトル(羽毛の生えた蛇)およびルシファーの記号論的なる結びつきについては

[アトランティス] ←→ (同一視する視点の存在) ←→ [黄金の林檎の園] ←→ (同一視する視点の存在) ←→ [エデンの園]

[アトランティス] ←→ (間接的に同一性が問題となるような側面が存在) ←→ [エデンの園] ←→ (アトランティスと同一視されてきもしたアメリカに伴う属地的特性やルシファーを介しての記号論的なる接合性が存在) ←→ [アメリカ大陸にて崇められていたケツァルコアトル] ←→ (記号論的なる一致性;[双方が金星の体現神格と伝わる/双方が冥界に双子の片割れを持つ]との一致性が存在) ←→ [古代メソポタミアにて崇められていたイナンナ・イシュタル] ←→ (起源を辿れば同一視される存在であったとの観点が存在) ←→ [ギリシャの美の神アフロディテ] ←→ [アフロディテによってなされた黄金の林檎の取得のための誘惑(パリスの審判にてのヘレンの贈呈)] ←→ (多重的類似性) ←→  [エデンの園での誘惑](回帰)

との多重的な関係性の環が呈示できるようになっているとの意で「あまりにもできすぎている」(:「金星の体現存在たる」ケツァルコアトルは冥界にあって双子ショロトルを持つとされるわけだが、([エデンの誘惑]と通ずる[パリスの審判]にての誘惑者たるアフロディテ属性を介してルシファーと記号論的連続性を多層的に呈してもいるとの)「金星の体現存在たる」メソポタミアのイシュタル・イナンナもまた冥界にあっての双子エレシュキガルと結びつくとされている。そして、イシュタル・イナンナは冥界のカウンターパートたるエレシュキガルにまみえるとのかたちで冥界下りをなしている(を参照されたい)わけだが、ルシファーも地獄落ちとの観点で冥界落ちをなした存在とも述べられる。そうしたことからして「も」「あまりにもできすぎている」)。

 上のようにまとめられることも念頭に置いてさらに続けての部では(ミルトン『失楽園』と話が結節するところの)[ギルガメシュ伝説とヘラクレス第11功業(黄金の林檎の園を求めての功業)の接合性]について証示なしていく所存である。

関連するところの図示


「長くもなっての、」補足として

 さらに続けての話に入る前に「長くもなっての」補足を外挿しておく。

 さて、上にてはアメリカにてのケツァルコアトル崇拝もがまた[奇怪なる多重的相関関係]の環の中に含まれているとのことを指し示さんとしているわけだが、その点、アメリカがアトランティスに仮託される側面があった(先述のようにフランシス・ベーコン著作『ニュー・アトランティス』にその顕著なる一例を見るように欧州では数百年も前からアメリカがアトランティスに仮託される側面があった)とのことにも関わるところとして

[アメリカと結びつくアトランティスが蛇の種族の[影の王国]より次元間侵略されたとの内容を有している]

とのことで先の出典(Source)紹介の部34-2にて紹介をなしたのがモーリス・ドリールという神秘家がアメリカにて「発見」(実態は「捏造」であろう)したという、
[第二のエメラルド・タブレット]
となる (:モーリス・ドリールが発見したと「主張」している[第二のエメラルド・タブレット]なるものについてはより以前から存在していたパルプ雑誌掲載小説『影の王国』より文言を含めての剽窃をなして捏造された一品であると解されるとの論拠も先立っての段、出典(Source)紹介の部34-2にて呈示している) 。

 その点、たとえ、神秘家という人種が彼らに相応しき[捏造]をなしているとの問題を複合顧慮したうえでも、「全てができすぎている」と述べられることに相違はない。そう、神秘家という人種が唾棄すべき捏造をなして犯行現場を荒らすが如くことをなしているとしても、確たる犯行の証跡が残っている、そのことが[誰でも後追い可能なる事実関係の集積]から指し示せてしまうことになっているからである(直近までの話はそういった性質の話である)。

 などとの申しようを(多少くどくもの感ありのこととしてながら)なしても、

[この世界の奇怪なる側面につき考えたことが何もないとの人間]

あるいは

[この世界の奇怪なる側面につき感度鋭くとも「そればかりが目立つ」[相応の紛いもの]ばかり摂取しているとの人間]

は「批判的に」次のように思うかもしれない。

『では、何か。この者(筆者)はジョン・ミルトンのような文豪から相応の神秘家に至るまでの多くの人間が[爬虫類人(と呼ばれるような存在)のようなもの]の薬籠中の存在だった、あるいは、人間のフリをしているそうした存在に脳を乗っ取られた存在だと述べたいというのか。デービッド・アイク(本稿にての出典(Source)紹介の部34を包摂する部位より主張内容を紹介しているとの英国発の物議を醸す超陰謀論者)のような向きが目立ってその介入につき述べているような爬虫類人のような存在の薬籠中の輩がミルトンであったとでも述べたいのか。「やはり」そちら系の陰謀「論」を殊更に持ち出している、そういう手合いか?』

 につき、本稿直近までの話だけでもってしては上にいうところの爬虫類人類支配説の真実性をして証するに足りるものであるとは筆者は考えて「いない」し、また、 ――([爬虫類人人類支配説]の類を「傍証」するような事例については本稿のここまでの段にても取り沙汰してきたし本稿のこれよりもの段で同じくものことをさらに呈示することにもなるわけだが)―― 本稿にては同異説を証明することそれ自体を専らの目的としているわけ「ではない」 (:本稿の目的とのことで述べれば、である。[機序]はともかくも人類に対してどういう帰結を用意しているのかという[身内間の意思表示]が存在していること、そのことを[証拠の山]によって指し示す、それによって、語るに足りる向きら ――そういう向きがそうそうにいるかどうかは別問題として、とにかくも、語るに足りる向き―― に対して運命を制御されてそちら方向にいざなわれるとのことでいいのかと問う、それこそが本稿にての使命であると考えもして我が身は本稿をものしている)。

 ここで強調しておきたいが、[常識よりの偏差]、常識では説明できないとのことながらも、

現状、実に危険な状況にある

とのことを[必要性認識]に依拠して訴求するというのが本稿の趣意ではあるが、そこにいう危険な状況を指し示す兆候らの元凶となっているところの存在が

[爬虫類人 ――約6500万年前、メキシコはユカタン半島にて落下した隕石の影響で絶滅したとの理解がなされている恐竜が(ここではない場所で)進化すればそうなっていたであろうとも表されるような[ダイノサウロイド]のような存在―― ]

であるとのことを専らに([証明]以前に)「訴求」しようというのが(他面での)本稿の趣意となっているわけではないのである。

 につき、人類を薬籠中のものとしてきた存在が[爬虫類人]と呼称されるような存在であることにまつわる[直接的証拠](この場合、[間接的証拠]というものが、たとえば、示唆材料にまつわるものであるとすれば、[直接証拠]とは捏造不可能なる映像記録や信をおかざるをえないような自白記録のようなものであると解していただきたい)が存在しているとは筆者は思っていないし、仮にそうした異説が「真」であるとすれば、そうしたことの[直接的証拠]が、 

[本当に信頼のおけるもの] ([相応の偽物]らが用いられての駄法螺ではないとの本当に信頼のおけるもの)

として目立って巷間にて披瀝される、それを引くに足りることとして巷間にて披瀝されることは(余程のことがない限り)ほぼないことか「とも」見ており、そして、といった中で妥当・適正なることを述べようと努めることも困難かつ無意味なることである「とも」考えているとのことがあるため、同異説を[主要テーマ]にすることは現行すべきではないと判じているのである ――(勘違いしていただきたくはないが、臆病者、[敵地あるいは家畜小屋(のようなもの)にあっての支配者に媚びようとする類](自分の種族を売り払ったが如く輩)としてここにて表記のようなことを述べているのではない。筆者は(この世界が完全に[家畜小屋]のようなものであるとしても)家畜小屋の支配者に媚びることなど決してせぬ、その不条理・嗜虐的やりように死命を賭して挑むことにしたとの人間、今こそがそこまで賭ける局面であると考えるに至った人間であるつもりだが、敢えてもここにて表記のようなことを述べているのである―― )。
 
 本稿にての[テーマの選別]とのことに関して述べれば、である。

「本稿は[機序(操作作用原理)具現化の裏側で糸を引いている力学の具体像]に至らずとも[相応の機序の介在]の摘示「だけで」十分であろうとの性質のことを一意専心して書き記しているものである」

と申し述べておく(先にも述べたことである)。

 そして、同じくものことについては

そうしたことが[生き死にに関わるところ]で明瞭に摘示されてなお我々人類が物事を変ええぬような性質の種族ならば・・・・(そういう状況に甘んじているとのことを是とする種族ならば・・・・)』

との性質のものともなること、納得いただきたい次第でもある(:[銃口を突きつけている者達]の実体としての具体的容姿(背格好などとの側面を越えて来歴・面構えなど)は判然としなくとも銃口を突きつけられ、また、そこに殺意が存在していることを示せれば、それで十分であろうとの観点にてである)。


[付記(補足部の中の付記)]として:

 現行、爬虫類人人類支配説の[直接証拠]として提示されているものら、たとえば、魔女狩りよろしく「著名人の誰それが爬虫類人である」といった、
[社会を広くも深くも知らぬとの層の向き]
をたばかるような[映像]などが流布されているとのことがある(:幻聴・幻覚といったかたちで「科学的に」惹起されえる[属人的知覚操作の賜物](本当に高度な文明が人間世界の操作に「別世界から」与しているのならば、脳機能の操作による幻影の人工的投影のようなこととてありうるかとはとらえている)としてではなく[客観的記録媒体]に落とされたと自称されての[映像証拠]なるものが流布されている)。

 それにつき「誰それが爬虫類人である」ことを示す映像記録などが検索エンジンにての入力で表示されてくるように流布されているとのことすらもが現行あると観察するに至っているが(ただしそうした状況がこれよりも残置残存を見るかは不分明である)、といった状況に対する筆者自身の意見は ――(本稿で重要視しているとの[論証]それ自体から離れての[脇に逸れての部にて提示している意見]にすぎぬものとして押しつけはなさないが)―― 本稿の先の段でも申し述べているところとして、

(繰り返すも)
「そうしたものら(爬虫類人存在の[直接証拠]なるものら)はなんら信頼に値するものではない」

と判じている(ノンリニア編集、動画を構成する静止画を切り分けて(それらをアニメーションの要領で繋げる再処理をなす前に)静止画画像毎に下手なものなれどもの追加の写真加工をなして「これぞ爬虫類人の顕在化である」などとしているが如くの[子供騙しの映像]が性質の悪きものとして目につくようになっているようだと先の段にても述べているところである ――その程度の映像加工はプロではなくとも容易になせるところであると聞き及ぶ―― )。

 個人的にはそうした紛い物と見受けられるものが[真実を晦ますための煙幕]として「軽侮反応さえきたせばそれで良い」との意図の者たち ――自分達の奉仕している存在の実体が相応のものと質的に正しくも指し示されることを忌避せんとしているような相応の心性の[手先]としての類ら―― によってばら撒かれているのではないか、あるいは、(先立っての段にて述べたことを繰り返しもし)、二〇〇四年に封切られて大こけした邦画、実写版『デビルマン』の劇中にも認められる[悪魔側の手先による人間の間の不和を煽る計略][無知で視野角も狭く社会のことがよく分かっていないとの人間に物事の本質を見誤らせる計略]が介在しているのではないか、と考えている(同じくものことを考えている向きも当然にいるのだろうが、筆者も当然にそう見ているとのことである)。

 そのように述べると、

「あいつはこの世界の実態につき否定をなそうとする爬虫類人だ。変身するような存在だから眼前にある[直接証拠]を否定しようとしているのだ」(あるいは「悪魔の爬虫類人の血流だから(以下略)」でもいい)

なぞと相応の人間ら ――漢字一字の罵倒語は使わない―― にラベリングがなされるかもしれないと見てもいる(:殊に自分達や自分達の属する組織体(カルト宗教でもいい)の実体を吐露する、あるいは吐露するものへと進化・深化を見うる説が[幼稚なもの]であり続けることを良しとするような者達、そして、類似するところの説から取り合うに値するところを抽出、批判を重ねての洗練化を図ろうとの人間が[幼稚な説]に対して「建設的」批判をなした際にその人間をして[類似するところの説自体を全否定する者]であると見られるが如く風潮が存在していることを良しとするような者達 ――相応の精神的気風および知能程度の人間らが澱(おり)のように集まった勢力でもいい―― からはそういうラベリングが「人間レベルの組織的機序としても」なされうるかと強くも危惧懸念するところである)

 以上のようなラベリングがなされるかもしれないが、だが、さらにもって強くも述べねばならぬと思うところとして、オンライン上にばらまかれている「自称の証拠」が劣悪な紛い物ばかりであると見受けられることがあるうえに、

[[荒唐無稽であろうとその説自体の全部ではなく一部は真実に近しい可能性があるかもしれぬ]なかにあってながらも、現況、爬虫類人人類支配説を主唱するような者達は ――属人的なる悪意の有無はさておきも―― お世辞にもきちんとした者達とは見えないし、その話柄として引き合いに出されているところも「馬鹿げている」といったものばかりである

とのこともある(:たとえば、である。委細は省くが、比喩の問題としてではなく現実的状況に関わることであるとの[体裁]で[英国王室の面々が血を吸う巨大な爬虫類人に変身、生贄の虐殺パーティに興じている]などとの[伝聞]を[取り上げるに足りる材料]として呈示するやりよう(爬虫類人人類支配説の旗手、デヴィッド・アイクがとったようなやりよう)は「やりようとしてどうなのか」と見えると述べたいのである。そういう材料が出されるだけの力学があるとのこと ――(たとえば、デヴィッド・アイクなどがイングランド王室の面々が血を吸う爬虫類人に変ずるなどという話をクリスティン・フィッツジェラルドという故ダイアナ妃と関わっていた霊媒師に由来する証言としてマルチ・プレーで世に出しているといった力学が介在しているとのこと)―― 自体からして「問題とは見える」のだが(その背面に何があるのか、という意味で、である)、いずれにせよ、不審視せざるをえないところである)。

 さて、(くどくも続けて書くが)、直近述べたように[重要事たりうること]が相応の向きらによって[欠陥あるところ]に(悪意の有無はさておきも)浮き上がらないように落とし込まれている可能性があるとのことを脇に置いたうえでも、他面、

「元来からして我々人間の社会では視野狭窄さが際立ち、言われた方向しか見ない・考えられないとの向きで満ち満ちているといったところもあり、といった中で、
[正気と狂気の分水嶺さえまともに同定できないようにするとの力学]
が介在していると見受けられるようになってもいるとのことが(情報・言論の発信者ではなく情報・言論の受け手側に関わるところとしての問題として)指摘できるようになっている」

とのことが ――多くの人間が知るところ、そして、多くの人間に諦観を強いるところとして―― ある、確としてある、と見てもいる。

 今日の文明の主軸となるところがそこより発しているとの欧米圏でさえいまなおもって[処女懐胎]といった非科学的ドグマを強制する勢力の狂質が社会を規定しているの何故か。そして、その一方でそうしたことを認めない科学的視野を蔵した人間が[別の意味で常識外れ]と受け取られるところを口にすることで狂人とラベリングされたりもするのは何故か。
 そうした[狂気と正気を曖昧化(ときに逆転化)させる力学]の発するところの勢力が[異端者扱いした者達]を物理的に排斥してきたとの歴史的潮流が残置しているのが人間の世界である(世情に疎い向きにとっては信じられないかもしれないが、サウジアラビアでは未だ国家公認の機関が魔女狩りを行っている)。
 そこまで理解して
『この世界ではどんな不条理でも黙過されるし、他面、この世界で生きる者にはどんなに不合理(非理性的)なことでも受け入れさせられるとの節がある。それだけの原因がある』
との自然(じねん)として考えている向きらも極めて多かろうかとは思う。

 そうした諦観、発信者にも問題があるのならば、受け手側にも問題があるとの諦観が満ちているなかで「悪質なことに、」一部の建設的な内面を持ちうる受け手側を迷妄に陥らせるために、

[不条理を攻撃する体裁をも取る、だが、その実の(理性の声を破壊すべくも)アップロードされた反理性・反知性の輩の手管]

もが用意されているのだろうと ――[爬虫類人支配説を巡る褒め殺し的やりよう]より―― 筆者なぞは見ている(自分が相応の者達に起因するやりようを観察して不快なる思いをさせられたとの実体験に根差してそうも見ている)。

 そうした流れもあってのこととして、
[何々某(筆者のような人間)の述べていることは信頼に値しないことである]
といった印象操作行為の一貫として

[何々某(筆者のような人間)は[真実を破壊する者](爬虫類人のような類かその手先)である]
ないし
[何々某(筆者のような人間)は[馬鹿げた爬虫類人人類支配説]のようなシンパとしての妄念の虜(とりこ)である]

などという[まったくもって実体と乖離する(と当然に強調したい)こと]を巧妙にすり込むような方便が(各々、「反対方向からの」印象操作行為として)[相応の者達]によってなされうると危惧懸念しもするのである。

 その点、[宗教]が根絶された、従って、[魔女(とラベリングされた向き)][異端者(とラベリングされた向き)]はもういなくなっていた、また、イデオロギー上の色分けもきっちりなされた、従って、最早、[ブルジョアの手先(とラベリングされた向き)]もいなくなった、との状況にあっての旧ソ連の権力筋は自分達の政敵や自分達にとり都合の悪い人間を
[「狂気」がゆえの異分子]
とラベリングして[精神病院]に率先して追放していたような種別の人間らによって構成されていたとのことがよく知られている ――(英文Wikipedia[ Political abuse of psychiatry in the Soviet Union ]項目にても[ソ連の精神病院病床数が政治的理由との社会環境に応じて急カーブで増大していった]との解説がなされているようにソ連式では[反体制派は出入りの自由のない精神病院に放逐する]やりようが頻繁にとられていた。ディストピア・ソ連では有名なところとしてルイセンコ論争というものが行われ、後天的ラマルク主義と総称される観点、生物の後天的形質変化を支持するとの観点に依拠しての[誤謬に基づき全く実りない農業開発]がなされた経緯があるのだが、多くの餓死者を出したとのそのやりように反対した生物学者など(有名所としてのジョレス・メドヴェージェフ(ロシアの同姓の後の首相とは関係ないようである)といった人物など)が狂人として精神病院に[追放]されたとされることに見るように[全体主義(を支える一派閥や力学)にとって都合の悪い者はすべて狂人である]との論理の下での[精神医学]なるものの[活用]がなされていた)―― 。

(話が冗漫冗長にもなっていると自身見ているところだが、話を続けて)
 旧ソ連に好例を見出せるとの式でそうまでして人間社会に[敵意]と[対立]と[排斥]が歴年もたらされてきたとのことに鑑(かんが)みれば、[相応の者達]によって[部分的に真実を衝いている可能性が伴っている]との爬虫類人人類支配説(およびそちらに対する批判)の類すら「も」が悪しき方向に逆利用され、相応の者達にとり[都合の悪い(とインプットされた)人間の排除]に逆利用されることになりうるとも見ている(というよりも既にそうなっている節がある、あるいは、はなからそのような計算がなされて説の流布がなされたと見ている ――説流布の背景として別側面では帝政ロシア下での秘密警察オフラーナ、後にソ連の秘密警察チェーカー(ソ連でのジェノサイドを実現した筋目の組織)に多くの人員を供給することになった同組織がガス抜きのためにゲオルギー・ガポン神父なる反体制の象徴人物に資金供与して[本質的解決には至らぬ目先だけの社会改善の運動]を同ガポン(世界史の教科書にも載せられている歴史上の著名人)になさせていた、といった歴史理解(司馬遼太郎のヒロイック歴史小説『坂の上の雲』などにも書かれていたものだったことかとは思うが、欧米圏ではよく知られた歴史理解)が広くもなされているところに相通ずる力学があるかもしれないとは見ているのであるも、それは置く―― )。 
 人間的な意味での[弱さ]あるいは[くだらなさ]がゆえに悪魔(と呼称されるような存在)との契約に捺印、憑かれたが如くに[上方の存在](教祖でもいいし神でもいい)の言うことを日がな四六時中聞いているとの種別の人間ら、自己都合と上方にある力学を同一視することが自身の安寧と幸福につながると相応の内面で合点しもして[都合の悪い存在はすべて孤立化させ社会的な破滅を進呈しようとのインプット]が相応の方向からなされればそれに何の疑義挟むこともなくそれを至上のものとして動くとの種別の人間らによって敵対者の排斥行為が(上方の存在の特性を「一面で露骨に示す」側面を帯びている可能性が如実にあると述べたきところの)爬虫類人人類支配説の逆利用によってなされうるし、実際になされている節があるとも筆者などは見ている。
 すなわち、伝統的なる[異端者]や[魔女]と接合するところの[悪魔(蛇人間)そのもの]ないし[悪魔憑き]との式でのレッテルが「不適切・不穏当なるところで」貼られる可能性があると見 (述べておくが、筆者は至当なところとして[悪魔(蛇人間や蜥蜴人間)そのもの]ないし[悪魔憑き]といった呼称が相応しかろうといった[内面]を有した輩もこの世界にはときにいると見ているが、ここでは「不適切・不穏当なるところでの」レッテル貼りのことを問題視している)、 あるいは、[狂人]に対する枠付けに接合するところの[馬鹿げた側面での爬虫類人支配説を馬鹿げたやりようで受け入れているとの相応の人間]との式でのレッテルが貼られる可能性もある ――目立つところのマスとしての主張動向それ自体の問題から「あの者は少しアタマの具合がね」とのレッテルが貼られる、世間的傾向の問題性を踏襲しないように問題となるところだけ刳(くり)り抜いての主張内容を世間的傾向にすり替えての「馬鹿げたことをくっちゃっべっている」といったレッテルが貼られる可能性もある―― と手前は考えているのである。

 のような中で ――「証拠否定に躍起になっている悪鬼羅刹の類(ないしその薬籠中の存在)である」ないし「馬鹿げた論理のシンパとしての取るに値しない手合いである」なぞと相応の種別の人間に見なされかねないことを承知のうえで―― はきと意見呈示するところとして筆者は

「現行、表立って流布されている爬虫類人人類支配説の[直接証拠]とされるものは(それに代替するより真っ当なところが呈示可能であるにも関わらず)相応のジャンクばかりである。だが、しかし、 circumstantial evidence、[間接証拠][状況証拠]の類を顧慮すると同異説の一部内容を言下に切り捨てることはできない」

とまでは敢えても強調したいとのスタンス明示をここにてなしておく(※)。

(※ちなみに[憑かれたように「酷薄な」人間ら](異常殺人鬼のような類)・[憑かれたように服従的な人間ら](世界的に有名な[北九州監禁殺人事件]の「被」害者家族らのような向きら)も散見されるとのこの世界、目を掩(おお)いたくなるような悲惨であふれたこの世界にあって

「誰それが悪魔の血流(遺伝的に[悪魔憑きの類]となり易き特異なる血統)である」

といった見方も[爬虫類人支配説]とワンセットにされて(殊に欧米圏で)流布されて目に付くとの背景がある。

 爬虫類支配説主唱者として知られるデービッド・アイク(既述)という男が同理論([悪魔の血流理論])をフリッツ・スプリングマイヤーという元[エホバの証人]であったとの陰謀論者の陰謀史観(エホバの証人自体を否定しつつもその実のキリスト教善性体現史観に基づいての陰謀史観)からキリスト教の臭気を取り除いて主張なしてきた、そして、有象無象の相応のシンパらが似たようなところのコピーとなる主張を繰り返しているとの背景があるがためにそうもなっていると見受けられるところとして、である。

 に対しては、[日本の犬神筋などをめぐる歴史的経緯]らにもその典型例を見るように

[特定の人間らの紐帯が卑しいものとして切り分けられる中で、他面、といった者らの紐帯が富・権力・影響力を得るに至るとの[賤民資本主義]が隆盛を見てきた]

といった「古」「今」「東」「西」にての人類史のありようや

[伝統的エスタブリッシュメントとしての貴顕らが「尊い」なぞとされつつもその実態は人殺し稼業の世襲・特権化集団となっている]

といった人間社会ありようの問題も作用しているととらえている(武士階級の魂とされる刀も怨嗟をもって人斬り包丁と影ながら揶揄されてきたとの歴史的背景を顧慮すべきである)。

 そして、筆者は

「そうした背景を偏向解釈して出てきているものともとれる[悪魔の血流理論](悪魔崇拝トピックとはまた性質が違う)のようなものは多く本質を見ずして皮相のみを見ている、しかも、誤って皮相のありようを見ているところの紛い物、陰謀論を広めている者達自身の空虚なる特性にも関わるところの紛い物であるとととらえるに至っており、といった見方は結局は我々人類という種族を[愚劣さ]が際立ったかたちでの[相互不信]によって滅亡させることに通ずるものとなりかねない」

と見てもいる ――(:「この世では汚いこと、尊厳を踏みにじる行為でも現益(現世利益)に直接的に通ずることをやった者が勝ちだ」との視点をあまねくも滲透させ、そうした[尊厳の蹂躙]と[利益の向上]が正比例するとの力学(「金と埃は積もれば積もるほど汚い」との諺を地で行くような力学)、人間社会に望ましい発展をもたらさないような[罪障]と[相互不信]の枷(かせ)を課「さしめる」ためだけの力学が作用している(作用させられている)・・・・ 、本質・実体は多く「ただそれだけに過ぎぬ」ように見えるところにあって殊更に[悪魔の血流「理論」]なるものを導入、[累代・歴代の神秘的特性]を強くも潤色して付して社会的不信感を増さしめんとするやりようとも「とれる」からこそ「性質が悪い」と見ている。(手遅れならざれば)「最期のチャンスかもしれぬ」とのこの時代にあって的外れにもの力学の介在を実態以上に社会的な上下階級の形成機序へと導入、実態は没落もあれば興隆もあるとのなかで、人間を下卑たかたちにて色分けしながらもの相互不信感を広めるようなかたちで潤色して付そうとのやりようが介在しているかもしれぬととれるからこそ「性質が悪い」と見ている。につき、より細かくも述べれば、である。[質的に優れた社会・存続に値する社会]ならばそういう種別・性質の者達の好き勝手にはさせはしまい、正しき方向に訓示なそうとするか、それが駄目ならば、格差を次代に持ち越さぬようにしながらも相応の領域に囲い込もうするといった対象としての[平然と他の尊厳を踏みにじるような一群の者達]が場所と時代を変え選り分けられながら強固な閥を構成しもしてきたとの力学が働き(イタリア・マフィアの原初的形態が弱きを踏みにじるシチリアの不在地主の農地管理人にあるとされるように暴力装置としての荘園管理者たる原初的なる武士階級とて元を辿ればそういった風に構築されてきたと筆者は見ている。そして、尊厳を踏みにじる道を選んだか選ばざるをえなかった者達が社会を掌中に収めることになったとの例にて最も忌むべき例が[世界が終わるまで何も変え得ぬし変わり得ぬだろうといった按配での[相互不信]と[尊厳軽視]]で満ちた諦めの国たるインドにてカースト制度が土着民とアーリア系などとされてきた北方よりの流入民の間の確執の中で生み出されてきた経緯であるともとらえている)、 そうした[平然と他の尊厳を踏みにじるような一群の者達]が[ブリーディング](養殖)にて[人間集団]としての長期の固着化・固定化を見るなかで、そこに属する者達がときに忌むべき鶏鳴狗盗の輩としての[賤民]、ときに崇敬されるところの富と権力を有した[選民]ともなってもきた[賤民資本主義]が成り立ちもしてきた本当の[動機](いいだろうか.[動機]である)こそを問題視すべきところを、(相応の者達、実体として最期まで軽侮され愚劣にも振る舞おうとの種別の人間らを用いて)、上流・下流の別それ自体(の偏向解釈してのありよう)を取り立てて問題視しようとの悪魔の血流理論なるものが今更もって広められんとしている節がある、そこからして「性質が悪い」と述べたいのである)―― 。

 だがしかし、である。一応述べておけば、上述の[悪魔の血流理論]的なる見方が支持されうる側面が「一面では」ある、とも思う(但し、それは悪魔の血流理論のおどろおどろしき側面というより[悪魔崇拝方式]とでもいうべき[社会的装置の特定の冷徹なる構築手法]として、である)。
 それにつき、人間の歴史にはおよそ説明なしがたい[奇怪な一致性問題](本稿を公開しているサイトの一つで同様に公開してきた自著『人類と操作』にて不十分にながら説明講じているようにローマ帝国の為政者の在位年代と事績ありようが[繰り返し]で満ちているといったこと等等)で満ちているとのことがあり、といったところから、我々人間の社会は
[どこからでも何時でも容易に用立てられる使い捨てのロボット人間ら]
および
[ロボット人間らを結線させての内実空っぽの組織]
に起因するところにこそ[不幸の根]が胚胎している可能性もがまた如実にあるわけだが、の中にあって、
[ロボット人間の中の特定の個体らを取り立ててブリーディングしつつ、強力な一族ないし派閥を形成なさしめ、彼ら一族ないし派閥に(と述べても数代単位かもしれないが)[特定の嗜好・指向]を継承させたとの側面もありうるか]
と ――可能性論として―― 筆者は見てもいるのである(:につき、欧州貴顕の特定の血筋に異常者としての嗜虐性向が見られたり([吸血鬼伝承に通ずるドラクル(竜公)とドラゴンの不気味な連結]を示すようなところはある)、現代社会でも厭な臭いを感じさせる名士クラブ(一部の名士が集まってのクラブ)が存在していることを本稿を公開しているサイトの一で問題視している)) 

(補足部の中の付記の部はここまでとする)


(筆者がそれなりの評価を下している爬虫類人人類支配説に取り込まれつつある思考形態についての言及を直近にてなしたうえで、ここ補足の部を「長くなるも、」さらに続けるとして)

 本稿でその純・記号論的特性 ――純・記号論的に見て他の文化事象と複合的につながっているとのことが指摘可能であるとの特性―― から意図して問題視してきた、

[アトランティスの蛇の種族による乗っ取り]

とのことに通ずる話を1930年代末葉より持ち出していた、あるいは、持ち出させられていたとのモーリス・ドリールのような神秘主義者(馬鹿げていると歴史を知るところの普通人には思われるだろう[古代アトランティスの碑文]なる捏造物を贋造したとの神秘主義者)の[妄言]では済まされないだろうとの見立てにつき先述なしてきたところの爬虫類人人類支配説、そして、その直接的証拠なるもの(映像記録など)が同説自体が[胡散臭くも、]との印象を招くようなかたちで下手に流布されているとことがあったとしても言下に切り捨てることはできないだろうとも先述してきたところの爬虫類人人類支配説については次のようなことをもここにて強調しておきたい次第である。

一部の者(デヴィッド・アイクのような者)は爬虫類人なる存在が[物理的実体]を伴ってこの世界に進出していると強弁しているが、

トロイアを滅したが如くの木製の馬など必要ない状況であるとの異説肯定の視点

と本稿にて具体的事実関係によってこれより指し示していく所存であるとの、

その実、トロイアを滅したが如くの木製の馬 ――伝承では城壁の内側の住民に皆殺しの結果をもたらしたされる木製の馬―― に露骨に仮託されているものが構築されていると指し示せる状況となっている

とのことの間の矛盾関係について心ある向きはきちんと煮詰めるべくであろう ――当初、多少なりとも共感を持って筆者が見ていたデヴィッド・アイクのような人間に対して[彼に性質の悪いやらされ人(事実や真実を虚偽を大量に織り交ぜての「自称の」真実で破壊せんとするといった性質の悪い人間)としての側面があるとすれば、その原因はそこか]と考えるに至ったことも同じくものことを筆者自身が煮詰めた結果による―― 」

([相応の者たち]に起因する言論流通動態のありようからありうべきと見た弊を及ぼされぬように、と長々と補足をなす必要を感じていたとのことゆえに、ではあるが、長くもなりすぎたとの[補足の部]はこれにて終える)


(直近直上の段にての補足の部がバランスを失するように長くもなってしまったが、そちら付記部に先立ってなしてきたところの[イナンナ・イシュタル、アフロディテ、ケツァルコアトル、ルシファーらの[黄金の林檎]に関わる多重的関係性にまつわる指し示し内容]を受けてものこととして述べるところとし)

 ここまでで


(既にそちらにまつわる神話伝承の多重的連結関係は本稿で論じているところとなるのであるも「さらにもって」の話として)黄金の林檎にまつわる話は多くの神話・伝承を「不可解に」結節させるものである


とのことについて解説してきたところで、先に言及したところのa.からc.、すなわち、


(既にそちらにまつわる神話伝承の多重的連結関係は本稿で論じているところとなるのであるも「さらにもって」の話として)黄金の林檎にまつわる話は多くの神話・伝承を「不可解に」結節させるものである

[上のa.に関わるところとしてギルガメシュ伝承にあっての洪水伝承および蛇の不死の略奪に関わるパート(考古学者らに第11番目の石版と振られている『ギルガメシュ叙事詩』の特定パート)に関して「も」黄金の林檎の取得が目標となっているとのヘラクレス第11功業との顕著な純・記号論的連続性が認められることが現実に摘示可能となっている]

[上のa.及びb.(なかんずくb.)の[黄金の林檎]に関しての話は[エデンでの誘惑]とも密接に連結するものとなっている(につき、黄金の林檎とエデンの果実の関係性については本稿にてのより先立っての段で細かくも論じてきたこととなる)。
 既に指し示してきたところの
[黄金の林檎とエデンの禁断の果実の関係性]
が見てとれる中で(上のb.にて新たに呈示なしてのように)[洪水伝承][蛇による不死の略取]に関わるところでのギルガメシュ叙事詩内容までもが黄金の林檎にまつわる伝承と接合するとのことは[エデンの園からの追放][蛇による不死の略取][(要素としての)トロイア崩壊との多重的接合性][洪水伝承との接合性を「感じさせる」側面]を多層的に帯びているとのミルトン『失楽園』が
洪水伝承
蛇による不死の略取

との双方の要素を帯びているギルガメシュ叙事詩特定パート(考古学者らに第11番目の石版と振られているパート)と ――くどいが、かねてより摘示なしてきた[黄金の林檎]と[エデンの果実]の関係「も」あり―― 「多重的に」接合する、割り符のパーツが見事に噛み合うように接合していることに等しい。
 そこより、
蛇による不死の略取の物語とも言い換えられるミルトン『失楽園』 ―黄金の林檎と関わるエデンの果実を用いての誘惑のプロセスが描かれる物語― にあっての(黒海にて周囲に災厄を引き起こし海峡が構築されたとの)洪水伝承とつながり「うる」との(従前論じてきた)側面]

[つながり「うる」]
で済まされないようなものとの観点が出てくる。
 また、
[[黄金の林檎]の在処を把握すると神話が語る巨人アトラス]
[[黄金の林檎]の園の同等物とも考えられてきた領域、[洪水]で滅した伝説のアトランティス]
[[黄金の林檎]が原因ではじまった戦争にて住民皆殺しに遭った後、[洪水]で消滅したとの伝承が存するトロイア]

と結びつくとの側面を「どういうわけなのか」複合的に帯びているとの今日のLHC実験とミルトン『失楽園』との関係性もが同じくものことより「よりもって重層的なるかたちで」問題になるとのこと「も」ある (:ミルトン『失楽園』にあっては[トロイア][黄金の林檎を巡ってのパリスの審判と多重的類似要素を帯びてのエデンの誘惑][ブラックホール類似要素]とひとところにて接合するありようからしてLHC実験との接合性は指摘できるようになっているとの時点にて問題になりはするのだが ――ミルトン『失楽園』のトロイア(含む:大渦潮の怪物カリュブディスの寓意使用)との結合][黄金の林檎を巡ってのパリスの審判と多重的類似要素を帯びてのエデンの誘惑をメインモチーフとしているとのありよう][ブラックホール類似要素をエデンでの誘惑成就プロセスにて描写しているとのありようとの各要素らはLHC実験にてのトロイア崩壊の因たる黄金の林檎の在所を知る巨人ATLASの名の[ブラックホール検知可能性と結びつく検出器]の名称への転用][黄金の林檎の園とも同一視されてきたアトランティスの Event Displayウェア)名称への転用(ブラックホール生成イベントを観測しうるとされるイベント・ディスプレイ・ツールATLANTISへの転用)][大渦潮の怪物カリュブディスのブラックホール・イヴェント・ジェネレーターCHARYBDISへの名称転用][科学の進歩に資するなどとされてのありうべきブラックホール生成との各要素らと揃いも揃って相通ずるようになっているのだが―― 、そこにかてて加えて、[黒海洪水伝承][古代叙事詩(エピック・オブ・ギルガメシュ)]を媒介にしての[黄金の林檎]との接合性「も」が問題になる)


とのことらにあっての、


[上のa.に関わるところとしてギルガメシュ伝承にあっての洪水伝承および蛇の不死の略奪に関わるパート(考古学者らに第11番目の石版と振られている『ギルガメシュ叙事詩』の特定パート)に関して「も」黄金の林檎の取得が目標となっているとのヘラクレス第11功業との顕著な純・記号論的連続性が認められることが現実に摘示可能となっている]


の部の指し示しに歩を進める。

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また、直下、本稿冒頭部へのリンクも設けておく

(⇒冒頭頁へは下の部より)

[典拠紹介部第1頁 加速器実験に伴う欺瞞性から証示なせることについて]

 上掲なしているのは19世紀後半から20世紀前半にかけて活動の著名な挿絵家アーサー・ラッカムが英訳・再刊行されたワーグナーの原作歌劇 Der Ring des Nibelungen『ニーベルングの指環』 (英文通用化タイトルとしては[指輪]一語の The Ringとも呼称される歌劇) の書籍化バージョンに提供しもしていた挿絵を挙げたもの、より具体的には挿絵家ラッカムが『ニーベルングの指環』序盤部をなすパート、 Das Rheingold『ラインの黄金』のために作成・提供していたとの画を挙げたものとなる (ただ当媒体では同画に多少の演出を施している) 。

 さてもってして、挿絵に見る女、というより、人ならざるところの[女神]はイドゥン(Idunn)という存在を(音楽界の巨匠と認知されている)『ニーベルングの指環』作曲者リヒャルト・ワグナーがフライヤ(Freia)との名前で焼き直しなし、登場させているとの存在なのではあるが、イドゥンにせよ、Wagnerが登場させた(画に見る)フライヤにせよ、北欧神話における不死の果実であるところの【黄金の林檎】と紐付けられた存在となっている(彼女ら女神達は【黄金の林檎の管掌者】となる)。 
 そうもした黄金の林檎と紐付いての彼女ら(イドゥン/フライヤ)は、いわば、神々に瑞々(みずみず)しき【不死】を(若さ約するとの)【黄金の林檎】を介して供給しているとの設定の女神となりもし、そして、彼女らの管掌する【黄金の林檎】が北欧神話多神教の神々に最早若さを与えなくなったとのその時点が【終末のはじまり】であると描写されてきたとのことがある (:【終わりの始まり】が黄金の林檎にて供給される若さの喪失と結びついていると描写されるのはワグナー歌劇にせよ、北欧神話それ自体も同文のこととなる ――ワグナー歌劇では序盤より【黄金の林檎(とフライヤ)の担保する若さの維持】が【無限の力を蔵する指輪の保持】と一時的に秤量されるのだが、結局、【黄金の林檎】と比較された指輪を欲する強欲な心(による人界の操作)が世界の終末に繋がると描写される。他面、ワグナー歌劇より遙か前から存在していた北欧神話では(それを収めたエッダ詩の訳書を借りるなどしてもよかろうしウィキペディアの[イズン]関連項目などをご覧戴くのでもよかろうが、易くも確認できようところとして)神々の最終決戦であるところのラグナロクとされる終末局面にあって黄金の林檎によって担保されていた不老は停滞を見、老化が始まると描写される―― )。

 ここからが問題なのだが、本段、脇に逸れての訴求部にあってまわりくどくもの口上にて上の如きことを引き合いに出しているのは本稿にあって【次のこと】らを【黄金の林檎】との兼ね合いで(具体的根拠と共に)訴求している ―(画に見るイドゥン・フライヤにも関わるところとして訴求している)― からである。

黄金の林檎 ―それは北欧神話から離れてのギリシャ神話ではトロイア戦争の原因、すなわち、城塞トロイアの崩壊の元凶でもある(本稿の前半部にあって古典よりの原文引用でもってして典拠紹介のこととなる)― が【人間の終末】に関わるとの指摘がなせるようになって「しまっている」、しかも、それ(黄金の林檎)がブラックホール生成との兼ね合いで古今東西にまたがっての文物を介して【人間の終末】に関わるとの指摘が濃厚になせるようになって「しまっている」とのことが現実にある (:現況現在執り行なわれているLHC実験にあって「科学の進歩に資する」とされてのブラックホール生成可能性と紐付けられてきたディテクター(検出器)の名前が【黄金の林檎】の在処を識る巨人アトラスの名を冠する ATLAS Detectorとなっているとのことが確とある一方で黄金の林檎と接合するエデンの禁断の果実を用いての誘惑者の著名古典に見る描写が(それ自体、奇怪奇矯なることなのではあるも)今日的な視点で見た場合のブラックホールの近似的描写と紐付いている、そうしたことがそれこそ山となり、それら山とあることらが相互に多重的に接合しているとのこともが「ある」)。

・上掲図の元となっているワグナー歌劇『ニーベルングの指環』は【黄金の林檎】(を管掌する女神)と【無限の富(力)を約する指環】の取引が序章の部より描かれているのだが、(黄金の林檎を管掌する女神と秤量されての)【指環】の取得に固執した者らが強欲さゆえに次々と滅亡していくさまが同歌劇では描かれる(:その一番はじめの描写は『ニーベルングの指環』前半部にあっての【黄金の林檎】管掌者たるフライヤを略取、彼女フライヤを【指輪】との取引の具とした巨人ファーフナーとファーゾルドの兄弟が殺し合いをはじめるとの部となる)。 そのことは現実世界で「黄金の林檎と接合している」とのかたちとなっている巨大なリング状の装置、加速器ラージ・ハドロン・コライダーが【指輪;リング】に仮託される風が一部ある (『ニーベルングの指環』の影響下にあるJ.R.R.トールキン原作のロード・オブ・ザ・リング『指輪物語』に登場の冥王に由来する指環と結びつけられるなど加速器LHCが【指輪】に仮託される風が実験関係者含めて見受けられる) とのことと平仄が合うにも程があろうとの筋合いのことともなる (:ただ現況もってして、同じくものことを問題視する人間はまったくいない(心ある向きには是非とも確認いただきたいところなのだが検索エンジンで英文単語を何語か入れて当たりをつけんとしてみても【リングと黄金の林檎の結びつき】を加速器との関係で目立って問題視するような向きはこの世界にはいない))。

・上にて先述のように【ギリシャ神話におけるトロイア崩壊の元凶】「でも」あるとのゴールデン・アップルがそれ(黄金の林檎)に関連する事物ら(巨人ATLAS「など」)を介してブラックホール生成をなす可能性があるとの加速器 ―巨大な【リング】でもある― と結びつくとして、である。 現在にあって巨大加速器実験を実施している「研究」機関ら、および、そちら「研究」機関らに携わっていた初期の紐帯がどうやって世に生み出されたのかもがワーグナーの『ニーベルングの指輪』に通ずる側面がある。 どういうことか。 現況、加速器実験を執り行なっている主たる研究機関ら(それら研究機関らは、と同時に、ブラックホール生成可能性に伴うリスクとの観点で中途半端に海外で法廷に引きづり出された研究機関ら「でも」ある) はその沿革上、
【マンハッタン計画の子供ら】
となっているとのことがある ―同じくものことは長大な本稿本文の部にあって(入念を心掛けての)指し示しの対象としていることでもある― のであるが (:またもってして核分裂の過程に通ずる原子核人為破壊を兵器転用なそうとしたとのマンハッタン計画にあっての挙、そちら核兵器を製造するプロセスと加速器実験にての原子核人為破壊のプロセスは同一方向のベクトルを指している ―無論にして同じくものことの典拠をも本稿本論部で入念に挙げている― )、 マンハッタン計画と今日の加速器実験(におけるブラックホール生成に通ずる挙)の縁(えにし)の深さはそれ以外にも濃厚に認められるとのことがある(たとえば円形加速器という装置をそもそも生み出した者達がマンハッタン計画の主導者となっていたとのことがある等々)。
 そうもした(加速器実験運営機関を生み出した)マンハッタン計画始動の原因になっているユダヤ系の迫害の挙に出たナチスのやりよう・躍進・劫略のプロセスはワグナー歌劇『ニーベルングの指環』と濃密に結びついているとのことがある(『指環物語』作者ワグナーがユダヤ系の向きらにあって反芸術・野蛮の象徴である忌避すべき象徴とされてきたのはナチス第三帝国およびその領袖ヒトラーが反ユダヤ主義を大っぴらに喧伝していたリヒャルト・ワーグナーを最大限重要視していたとの歴史的事実があるからであり、たとえば、ナチスの実行してきた非道なる命令体系、占領統治下の反体制派・レジスタンスを夜陰に乗じて密やかに処分することを目しての行政命令であるところのナハト・ウント・ネーベル( Nacht und Nebel )、【夜と霧】行政命令 ―日本では Man's Search for Meaningとの原題を有した心理学者ヴィクトル・フランクルの書籍の「邦題」として識られている語でもある【夜と霧】(収容所が絶滅収容所へと変遷していく画期を象徴する語であるとも認識されている)― などはワグナーの『ニーベルングの指環』に由来しているとのものとなる ――※ウィキペディア[夜と霧]項目などにおいても簡明な解説がなされてはいることだが(であるから疑わしきはその程度の媒体からでも確認いただけるであろう)、ナチスドイツが欧州にて反対派を掃討するための共通規則とした【夜と霧】命令はヒトラーが愛聴していた、そして、ナチス体制下の国家芸術の象徴として扱われていたリヒャルト・ワグナーの『ニーベルングの指輪』、その『ラインの黄金』にあっての一幕(の中の[ニーブルヘルム]の下り)にて侏儒(ドワーフ)のアルベリヒが隠れ頭巾を用いて姿を消す際に口にする台詞、「夜と霧になれ、誰の目にも映らないように.」に由来しているとのことが知られている(にまつわって述べておけば、【夜と霧の呪文】を唱えたドワーフ・アルベリヒは強欲さの象徴でもあり、絶大な力をもたらす【呪いの指環】そのものを生み出した存在でもあるとワグナー歌劇では設定付けがなされているキャラクターである)―― 。

 以上のことはそれだけを読まれる限りは何が問題になるのか判じがたいとのこととなろうかとは(当然に)思うのであるが(理解を阻む詰め込み過ぎの風もあったかと脳裏をよぎりもしている)、同じくものことにまつわっての指し示しを細々となしもしている、また、そこからさらにもってして何が述べられるのかの指摘を委細を尽くしてなしているとの本稿本論部をご検討いただければ、【ことの重篤さ】 ―重篤さというのは【執拗さ】の問題として何が企図されているのかに通じもしていることである― についてご理解いただけるか、と考えている。

ここ本頁内の記述内容を支える【「容易に後追い確認なる」「堅い」ソースを呈示しての出典紹介部ら】のうち、枢要なるものへの[遷移経路]を下に設けておく。 典拠について疑わしいとの部があれば、必要に応じて参照されたい (:クリックすることでブラウザ ―インターネット閲覧ソフト― の[別タブ(別枠)]にて典拠紹介部を表示( open "additional" tabbed window(s) of web browsers ))

[出典(Source)紹介の部34](前世紀前半より[爬虫類の種族による[アトランティス]への次元間侵略]との物言いが(荒唐無稽な神秘家由来のそれとしてながらも)なされていたとのことにまつわっての出典紹介部34(以降)の部)
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典拠紹介部第29頁 梁たるところたるアトラス、ヘラクレス、トロイア崩壊譚

[出典(Source)紹介の部39]トロイア崩壊の原因が黄金の林檎となっているとのこと、また、そちら黄金の林檎がヘラクレス第11功業に登場を見ている「巨人アトラスと結びつく神の果実」でもあるとのことに関しての出典紹介部39)
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典拠紹介部第35頁 ブルフィンチ神話要覧書などに見る黄金の林檎とトロイア

[出典(Source)紹介の部54(4)](ケツァルコアトル再臨類似のプロセスにあって現出した裏切りと同文の結果をもたらした等等、エデンの誘惑の蛇に比定されもするサタン・ルシファーの特質について解説しての出典紹介部54(4)以降の部)
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典拠紹介部第44頁 アトランティスと蛇崇拝の先コロンブス期アメリカ[2]