典拠となるところの明示[138]――「際立っての」予見的小説 Adrift Just off the Islets
of Langerhans
が本稿にて示してきた多重的関係性の環に入っていることについて

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本稿前半部にて【文献的事実】の問題としてのその[水際立っての先覚性]について取り上げもしてきた小説作品と本稿にて核として問題視していることの関係性について

 先立っての頁にあっては小説、

Adrift Just off the Islets of Langerhans : Latitude 38°54'N, Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』

の表題にみとめられる命名規則(にあっての特定の要素)が何故もってして

【ヘラクレスの計12に及ぶ功業】、【(ヘラクレス第11功業に見る)巨人アトラス】、【トロイア崩壊伝承に見るトロイア崩壊の原因たる(他伝承では巨人アトラスが在処を把握するとされる)黄金の林檎】、【巨人アトラスともトロイア崩壊元凶たる黄金の林檎とも史的に結びつけられてきたとのアトランティス沈没伝承】、【アトラスやアトランティスといった固有名詞を付されてのLHC実験におけるブラックホール生成論議に関わる事物】との要素らのうちの「複数」を特色として帯びつつ、かつ、【911の事件の発生(態様)にまつわる予見的言及】ないし【ブラックホール人為生成問題にまつわる「先覚的言及」】の一方、あるいは、その双方の特徴をも呈しているとの文物らが「不可解に」存在している]

とのこと、本稿にて主軸として問題視しもしていることに通ずるものであるのかについてA.からC.と振っての順次段階的なる解説に入りもした(そして、A.と振っての部の解説をなし終えた)。ここ本頁ではそうもした流れを受けて、B.と振ってのことについての解説を講ずることからはじめることとする。

 まずもってのこととして、 

[(1911年にポール・ランジュバンによって明確化されたとされる)双子のパラドックスと同様の効果・結果について描いている(とのことも部分的には指摘される)お伽噺らが洋の東西にて存在しているのであるが、それら洋の東西にて存在している問題となるお伽噺(フェアリー・テール)らが【文化伝播ではおよそ説明がつきがたいような数値使用にあっての一致性】を(確たる文献的事実の問題として)伴っているとのものらとなりもしているとのことがあり、かつ、それらがブラックホールやワームホールにまつわる特色とも相通ずる特質をも伴っているとのことが「ある」]

との点に関わるところとして日本国内で知らぬ者なきとの通用度を有している、
[浦島伝説]
がいかな特性を帯びているのかについて「再度の」解説をなすこととする。

 その点もってして、
[浦島伝承]
[双子のパラドックス]というものと類似の要素が伴っているとのこと(そこまではよく知られているし語られてもいるとのこと)に関して、出典(Source)紹介の部28-3にて呈示の話を再度、繰り返しておく。

(直下、和文ウィキペディア[双子のパラドックス]項目、そこにての[双子のパラドックスのストーリー ]の節にあっての現行記載よりの再度の原文引用として)

双子のパラドックスのストーリーは次のようになる。双子の兄弟がいて、弟は地球に残り、兄は光速に近い速度で飛ぶことができるロケットに乗って、宇宙の遠くまで旅行したのちに地球に戻ってくるものとする。このとき、弟から見れば兄の方が動いているため、特殊相対性理論が示すように兄の時間が遅れるはずである。すなわち、ロケットが地球に戻ってきたときは、兄の方が弟よりも加齢が進んでいない。一方、運動が相対的であると考えるならば、兄から見れば弟の方が動いているため、特殊相対性理論が示すように弟の時間が遅れるはずである。すなわち、ロケットが地球に戻ってきたときは、弟の方が兄よりも加齢が進んでいない。これは前の結果と逆になっており、パラドックスである。このパラドックスは、双子の兄弟の運動が対称ではないことから解決される。弟は地球(慣性系と仮定してよい)にいるのに対し、ロケットに乗った兄は、出発するときおよび、Uターンするときに加速されるため、少なくとも加速系に一時期いることになる。すなわち、ずっと慣性系にいる弟とは条件が異なるのである。

(再度もってしての基本的なるところよりの引用部はここまでとする)

 上にて引用しているところにつき

[双子の兄⇒(変換)⇒浦島]
[双子の弟⇒(変換)⇒浦島が故郷に残してきた関係者ら]
[ロケット⇒亀(型スペースシップ)]

との切り替えをなした「だけ」でそのまま表記「しなおす」と次のようになる。

双子のパラドックスのストーリーは次のようになる。[浦島]と[浦島の故郷の関係者ら]がいて、[浦島の関係者ら]は地球に残り、[浦島]は光速に近い速度で飛ぶことができる[亀]に乗って、宇宙の遠くまで旅行したのちに地球に戻ってくるものとする。このとき、[浦島の故郷の関係者ら]から見れば[浦島]の方が動いているため、特殊相対性理論が示すように[浦島]の時間が遅れるはずである。すなわち、[亀]が地球に戻ってきたときは、[浦島太郎]の方が[浦島の故郷の関係者ら]よりも加齢が進んでいない。一方、運動が相対的であると考えるならば、[浦島]から見れば[浦島の関係者ら]の方が動いているため、特殊相対性理論が示すように[浦島太郎の関係者ら]の時間が遅れるはずである。すなわち、[亀]が地球に戻ってきたときは、[浦島の関係者ら]の方が[浦島]よりも加齢が進んでいない。これは前の結果と逆になっており、パラドックスである。このパラドックスは、[浦島と浦島の関係者ら]の運動が対称ではないことから解決される。浦島太郎の関係者は地球(慣性系と仮定してよい)にいるのに対し、[亀]に乗った[浦島]は、出発するときおよび、Uターンするときに加速されるため、少なくとも加速系に一時期いることになる。すなわち、ずっと慣性系にいる浦島の故郷の関係者らとは条件が異なるのである

 上もてお分かりだろうが、[双子のパラドックス]とは浦島太郎伝説と非常に近接性が強いとの話となっているのである。

(それにつき現行の和文ウィキペディア[時間の遅れ]項目にても同様のことを示す記述がみとめられるため、そちら現行の記載内容を掻い摘まんで引用なしておきもする。(以下、和文ウィキペディア[時間の遅れ]項目より引用をなすとして)例えば、宇宙船が光速の90%の速度で航行しているとする。単純化するため加速・減速は考えない。ずっと等速直線運動であると仮定する・・・(中略)・・・宇宙船の時計の刻み幅は静止系の約0.44倍である。つまり宇宙船内の時計では、まだ0.44年しか経過していない。この現象を利用すると、光速に近い宇宙船で宇宙を駆けめぐり、何年か後、出発地点に戻ってきたような場合、出発地点にいた人は年を取り、宇宙船にいた人は年を取らないという現象が生じ、宇宙船は未来への一方通行のタイムマシンの役目を果たすことになる(宇宙船から静止系を見ると、静止系は相対的に運動していることになるが、時間の遅れが生じるのは宇宙船側である。詳しくは双子のパラドックスの項を参照のこと)。・・・(中略)・・・この状態が、日本のお伽噺である『浦島太郎』において、主人公の浦島太郎が竜宮城に行って過ごした数日間に、地上では何百年という時間が過ぎていたという話にそっくりであるため、日本のSF作品などではウラシマ効果とも呼ばれる(SF同人誌「宇宙塵」主宰者の柴野拓美が命名者と言われる(引用部はここまでとする))

 上にて再言及しもしたように[双子のパラドックス]と類似性を有している浦島伝承にあって、

[尋常ならざる特性]

が伴っているとのことの解説を(同文に本稿従前内容を振り返ってのところとして)さらに続けることとする。

 浦島伝承にあっての初期のもの、『丹後国風土記』に収録されているとの[浦島子]伝承は逸文(すなわち他文書にあっての引用形態)でしか今日に伝わっていないとのものだが、

(同様に本稿にて従前、呈示してきたところを振り返るとして)
「浦島子(浦島太郎の元となった伝承上の人間)が助けた亀の化身の女に連れられて蓬莱に赴き、そこでその化身の女と親密に3年の時を過ごしたところ、故郷では300年の時間が経過していた。そして、後、玉匣(たまくしげ)を開けたらば、若さが吹き飛んだといった描写がなされている」

との内容を有しているものとなっている(そちら初期のバージョンではまだ[乙姫]も登場しておらず(登場するのは[亀の化生した女]である)、目的地も[龍宮]ではなく[蓬莱]となっている)。


(※浦島伝承が初期存在していたものにあって【[3年]と[300年]の時間的離隔】を具現化させているとのことの出典として)

 本稿にての先の段 ―出典(Source)紹介の部29― にても言及・解説しているところを再度繰り返して示すこととするが、『浦島子伝』(一九八一年に現代思潮社より刊行/著者は重松明久(元広島大学教授/物故者))にて[逸文](他文書引用文)として残置している浦島子伝ついて次の通りの内容記載がなされている。

(直下、『浦島子伝』(現代思潮社)、そのp.12からp.13、『丹後国風土記』収の浦嶋子伝承に対する訓読文よりの再度の引用をなすとして)

 時に嶼子(しまこ)、旧俗(もとつくに)を遺(わす)れて仙都(とこよ)に遊ぶこと、既に三歳(みとせ)を逕(すぎ)たり。忽(たちまち)に土(くに)を懐(おも)ふ心を起(おこ)るに、独り親(かぞいろ)を恋(こ)ふ。故(かれ)、吟哀(かなしび)繁(しげ)く発(おこ)り、嗟嘆(なげき)日に益(ま)しき。女娘(をとめ)、問(と)ひけらく 
・・・(中略)・・・
女娘(をとめ)、玉匣(たまくしげ)を取りて嶼子(しまこ)に授けて謂(い)ひけらく、「君、終(つひ)に賤妾(やっこ)を遺(わす)れずして、眷(かへり)み尋ねむとならば、堅く匣(くしげ)を握(と)り、慎(ゆめ)、な開き見たまひそ」といひき。
・・・(中略)・・・
先世(さきのよ)に水江(みづのえ)の浦嶼子といふものありき。独り蒼海(うみ)に遊びて、復(また)還(かへ)り来ず。今、三百余歳(みほとせあまり)を経(へ)つといへり。何ぞ忽(たちまち)に此(こ)を問ふや」といひき

(引用部はここまでとする)

(上は「浦島子が[仙都][(亀の化身の女に連れられて到達し蓬莱で[とこよ]と訓読されている[仙都])で三年あまりすぎたところ、故郷親族に対しての懐旧の情を抑えがたくなり」「玉匣(たまくしげ/玉手箱)を開けるな、と言われつつもそれを受け取って故郷に帰還したらば」「故郷の住人に[浦島子という男が三百年前に失跡したと伝わっていること]を聞いた」とのことを記載した部位である)


 ここまでで、

[双子のパラドックスと結びつく浦島伝承が3年と300年の時間経過の差分を描くものである]

とのことにつき(本稿従前内容を振り返っての)呈示をなしたところで浦島伝承の話から打ってかわってのケルト伝承について取り上げる。

 欧州はアイルランド、往古ケルトの地にて伝わっているとの、

[オイシンの伝承] Oisín伝承.Oisínについては普通一般には(ケルトの発音を意識してか)オシィアンなどと和文では表記されることが多いが、ただし、国内にて流通している著名神話学者ジョセフ・キャンベルの著書 The Hero with a Thousand Facesの訳本などにてはオイッシンといったかたちで訳され記述されている) 

にあっては

[アイルランドの若武者オシィアンが契りを交わすことになった[妖精としての属性を持つ女の故郷たる異界]にて同女と昵懇に3年過ごしていたらば、現世では300年が過ぎていた.そして、オイシンは若さを現世に帰った際に失うとの描写がなされている]

との記述が浦島子伝承と照応する ―「若い男の主人公が異界の住人の女を助け出したところ」「彼らは恋に落ち」「異界に戻って三年を過ごしたところ」「現世に戻ったらば三〇〇年が経過しており」「そこにて主人公が若さを失う(との描写がなされている)」とのことで照応する― ところとなっている。


(※アイルランド伝承にあって[3年]と[300年]の時間的離隔が双子のパラドックスに通ずるようなところとして具現化していたこと、その出典として)

 本稿にての先の段、出典(Source)紹介の部30-2にて挙げていたところを再掲するところとして、次のようなところからオンライン上より裏取りできるところとなっている。

(直下、 Project Gutenbergのサイトより全文ダウンロード可能なものとなる The Science of Fairy Tales(1891)にての CHAPTER VIII.THE SUPERNATURAL LAPSE OF TIME IN FAIRYLAND[第一三章:仙界での時の超自然的なる経過]の章、p.199よりの抜粋 ―オイシンが妖精国の王女がドルイド僧によって豚の顔にされていたところを回復させて妖精国の王位を継いだとのオイシン伝承の異伝、その後の部のセクションよりの抜粋― として)

So he reigned for many a year, until one day the longing seized him to go to Erin and see his father and his men. His wife told him that if he set foot in Erin he would never come back to her, and he would become a blind old man; and she asked him how long he thought it was since he came to Tir na nÓg.About three years,” he replied. “It is three hundred years,” she said. However, if he must go she would give him a white steed to bear him; but if he dismounted, or touched the soil of Erin with his foot, the steed would return that instant, and he would be left a poor old man. This inevitable catastrophe occurred in his eagerness to blow the great horn of the Fenians, in order to summon his friends around him.

(拙訳として)
「彼(オシィアン)は[エリン](アイルランド異称)に立ち戻るとの切望が彼をとらえてやまなくなったとのその日に至るまでの何年もの間、(妖精国の)統治をなしていた。彼の妻はオシィアンに彼がもしエリンの地にて足をつけたのならば、彼は二度と彼女の元へは帰ってこれず、盲目の老人と化すであろうとのことを告げ、その上で、彼にティル・ナ・ノーグ(訳注:オシィアンが足を踏み入れた妖精らの常若の国)に来てからどれほどの時間が経過していると考えているのか、と尋ねた。「およそ三年であろう」と彼オイシン(オシィアン)は答えた。「三〇〇年です」と彼女は言った。しかしながら、もし彼が行かねばならぬというのならば、彼女は彼を支えられるだけの元気な白馬を供与するとし、もし、彼がその馬から下馬し、自身の足でエリン(訳注:アイルランド古称)の地に足を付けるとのことにあいなったならば、白馬はその刹那に立ち戻り、一人みすぼらしい老人として取り残されるだろうとの(話の)運びとなった。こうして不可避的な破局が[オシィアンの(去りし日の)同僚らを彼の周りに呼び集めるためにフェニアンの巨大な角笛を吹き鳴らそうとの熱情]にて生じることになった」

(訳を付しての引用部はここまでとする)

(以上、引用なしたのはケルトの英雄オイッシン ―本稿の先だっての段でも記載したことだが、日本国内では明治期より(夏目漱石などの文人の関与もあって)そればかりが取り上げられているきらいがある「どうでもよいもの」、ジェイムズ・マクファーソンという人物に由来するところの Macpherson's Ossianとの近代捏造説話体系とされるオシアン説話とは別の原典・別の物語にその足跡が見出されるところのケルト古来の英雄オシーン― が異界にて3年滞在した間に現世では300年が経過していたとのことを記載した部位である)


 ここまで紹介してきたところの【浦島子伝承】と【Oisín伝承】の共通項 ―「若い男の主人公が異界の住人の女を助け出したところ」「彼らは恋に落ち」「異界に戻って三年を過ごしたところ」「現世に戻ったらば三〇〇年が経過しており」「そこにて主人が若さを失う(との描写がなされている)」とのかたちで照応するとの共通項― については

[文化伝播では説明がつきがたい]

とのものになっている。

 その点、本稿の先の段にて述べているように、

「浦島子伝承については6世紀から7世紀に成立を見ているものである」

との見方が呈示されている(:(『浦島子伝』、一九八一年に現代思潮社より刊行された著作『浦島子伝』(著者は重松明久(元広島大学教授.物故者))、そのp.105からp.106よりの中略をなしつつもの原文引用をなせば、(以下、引用をなすとして)浦島伝説は恐らく六、七世紀に濫觴(らんしょう)し、今日に至るまで諸種の文芸や昔話の形式で、書きつぎ語り伝えられてきた、かなり息の長い説話である。・・・(中略)・・・初期の伝記においては、主人公の名前はほぼ一貫して浦島子と表記されており、さらに恐らく成立期のものと思われる該伝記に、『浦島子伝』を名のる書もみられることにもよる。ところで室町時代頃成立した小説類以降においては、主人公は一転して浦島太郎とよばれることも、周知のところである(引用部はここまでとする)とのかたちで解説されているところである)。

 他面、Oisín伝承 ―ここ日本ではそればかりが取り上げられているきらいがある(夏目漱石のような明治期文人の紹介活動によってそればかりが取り上げられているきらいがある)との【近代にて捏造された説話体系】とされもしての18世紀人ジェイムズ・マクファーソンに由来する Macpherson's Ossianと呼称される説話集にみるそれとは別物である(と本稿前半部にあって解説してきた)ところのOisín伝承― については

[そこにては日本という島国の存在がマルコ・ポーロの『東方見聞録』 (13世紀末期獄中執筆なされたとされる文書) が登場を見てようやっとおぼろげ・不確実ながらも知られるに至った欧州、その欧州の僻地たるアイルランドにて『東方見聞録』執筆以前には成立していたことが想定される伝承]

となっている(:本稿では以上のように解される論拠の紹介をなすために出典(Source)紹介の部30-2にてOisín伝承に後続するケルト(ブリトン人)の伝統をも受け継いでの歌謡体系、ブリトン・レーの中の一物語であるギンガモールGUINGAMOR伝承、オシィアン伝承の影響を受けてのものと解されるようになっている12世紀頃成立のものとされる同伝承がいかな属性を帯びてのものなのかにつき Project Gutenbergを通じて公開されている(従って、書物の全文ダウンロードが容易になせるとの)1907年刊行の書、 ARTHURIAN ROMANCES Unrepresented in Malory's "Morte d'Arthur"というアーサー王関連の伝承を集めた書物の内容の引用をなしながらもの説明も講じている)

 そうもしたところでは、繰り返すが、

【浦島子伝承 (6世紀から7世紀にかけて日本にて成立したとされる説話) 】
Oisin伝承 (『東方見聞録』で日本のことがおぼろげ・不正確に知られるに至った欧州、その欧州の僻地にて『東方見聞録』成立前から存在していたと解されるようになっている伝承) 】

の間にあっては自然(ジネン)として
【直接的文化伝播】
の問題を観念できないようになっている (欧州人が浦島子伝承「それそのもの」の内容を参考にOisín伝承なるものを構築したとはマルコ・ポーロ著述に見るように没交渉であった日本と欧州の隔絶に起因する細かい文献情報の伝播不可能性より観念できない) のではあるが、他面、
【間接的文化伝播】
の問題「もまた」観念しづらいとのことがある (欧州人が浦島子伝承の元となった第三の伝承を参考にOisín伝承なるものを構築したとは観念しづらい) ようになっているとのことがある。
 それにつき、浦島子伝承に関しては中国の特定古典(洞庭湖の竜女伝承を扱っての古典)にその元となった要素があるとも見受けられるのだが、現行、筆者が把握するところでは少なくとも、三年と三〇〇年との一致性の特質まではそちら中国古典にあってからして介在していないと見受けられるようになっているためにそうも述べるのである(但し、把握していないところでそういう問題が、後日の偽造の可能性も含めて、浮かび上がってくる可能性はあるにはある))。

 従って、浦島伝承とOisín伝承は文化伝播の問題が観念なしがたいところで奇怪につながっている伝承らとなる ―但し、読み手が「若い男の主人公が異界の住人の女を助け出したところ」「彼らは恋に落ち」「異界に戻って三年を過ごしたところ」「現世に戻ったらば三〇〇年が経過しており」「そこにて主人が若さを失う(との描写がなされている)」とのかたちでの照応関係が成立していることについて「似ても似つかない話だ」「全く関係ない話だ」と言い切れるならば(要するに事実を無視し、適正な事実に対する意味づけをなそうとしない相応の性質の語るにも値しない人間ならば)話は別である― のだが、 といったつながる素地がないようにも見えるのに細かいところでそっくりであるといった按配の浦島伝承およびOisín伝承が双方ともに、

[双子のパラドックス(と呼ばれているモデル)と接合する伝承]

ともなっていることを重要視しているのがここので話となる(異界で3年過ごしたらば、現実には300年が経過していた、といったことが起こりうる局面は ―本稿にての上の段で繰り返し解説しもしたことであるが― 双子のパラドックスの具現化局面である)。

 以上よりここでの話にあって ――(「[小説『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』の長ったらしくそれがゆえに意味深いとのタイトルにてその姓が用いられているとの立志伝中の学者パウル・ランゲルハンス(綴りは Paul Langerhans)]と[双子のパラドックスの提唱者たる学者ポール・ランジュヴァン( Paul Langevin )]との間には[ポール・ランジュバンを構成するアルファベット12字中、10字(viの2字を除く10字)は[字の綴り順序込み]でパウル・ランゲルハンスと共通のものとなっている]との関係性が存し、そして、そうした関係性すら重きをもって見るに値するとの事情がある」とのことを訴求するためのA.からC.と振ってのことを順次段階に解説することにしているとのここでの話にあって)―― 、

[双子のパラドックス ―[1911年]提唱― を重要な要素として持ち出している特定文物にあってそちら[双子のパラドックス]に関わるところで「一体全体、どういうわけなのか、」【双子の塔(ツインタワー)が[911]という日付にて崩された折の出来事との複合的相関関係】がみとめられるようになっている、しかも、尋常一様ならざるやりようで[ブラックホールおよびワームホール絡みの側面]にてそうもしたことがみとめられるようになっているとのことが「ある」]

とのことのみならず、

[(1911年にポール・ランジュバンによって明確化されたとされる)双子のパラドックスと同様の効果・結果について描いている(とのことも部分的には指摘される)お伽噺らが洋の東西にて存在しているのであるが、それら洋の東西にて存在している問題となるお伽噺(フェアリー・テール)らが【文化伝播ではおよそ説明がつきがたいような数値使用にあっての一致性】を(確たる文献的事実の問題として)伴っているとのものらとなりもしているとのことがあり、かつ、それらがブラックホールやワームホールにまつわる特色とも相通ずる特質をも伴っているとのことが「ある」]

とのこともが[常識的なありようからの偏差が際立つ]とのかたちで具現化しているとのことを示したかたちとなる、そのように申し述べる (:尚、さらに述べれば、「そうした話が諸共ブラックホールに結節、不快な寓意に通ずる」とのことを示すが如くところとして本稿にての先立つ補説の部、補説1から補説4と分けて延々と書き連ねてきたところの補説の部にあっての補説2の部では【初期浦島伝承に見る蓬莱(ほうらい)から転じての竜宮】が【常世の領域】転じて【常夜の領域】として、そして、【時空間の法則が歪んだ場】として【ブラックホール】の類と接合していると述べられるようになっていることを「も」事細かに出典挙げながら解説、問題視していたとのことがある ―詳しくは出典(Source)紹介の部75-3を包摂する解説部を参照されたい― )

 次いで、

これが【一連の話の行き着くところ】として極めて重要なところであると強調したいところとして) [ (先行してのA.およびB.の内容をも顧慮のうえで重み・意味合いを判ずべきこととして) 【双子のパラドックス提唱者の姓名ポール・ランジュバン】の英文綴り字12字中、10字を「綴り順含めて」共有しているとのパウル・ランゲルハンスが発見した膵臓のランゲルハンス島(アイル・オブ・ランゲルハンス)の名前を含む小説 Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W は (先述のように同作が【ブラックホール人為生成問題の先覚的言及】を内に含んでいる作品であるのみならず) 【911の事件】と結びつく側面「をも」有していると判じられるような作品である。については「Paul」「Lange」rha「n」s←→「Paul」「Lange」vi「n」(元より【ブラックホール関連事物】【911の先覚的言及事物】とのからみでかぐわかしい側面とともにあると先述の【双子のパラドックス】のそもそももってしての考案者)との関係性をわざと想起させるようなタイトル付けがなされているのであると想定すれば、自然、そうした関係性が際立つようなかたちともなっている(タイトルに[「これ見よがし」に付された【77】との数値]も同じくものことに関わる)]

とのことについての解説を講ずることとする。

 につき、まずもって述べるが、

Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』(1974)

にその位置座標がみとめられる、

Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W[北緯38度54分、西経77度0分13秒]

との座標系はホワイトハウス界隈(を包摂するワシントンDC一帯)の座標系と「ほぼ一致している」(おおよそ一致している)ということが「ある」。

([出典として]
ホワイトハウスの座標系は「現行の」和文Wikipedia[ホワイト・ハウス]項目にての右の部にて
[北緯38度53分51.61秒 西経77度2分11.48秒]
と記載されているところとなっている(対して英文Wikipedia[ White House ]項目にては 38°53′52″N 77°02′11″W(北緯38度53分52秒 西経77度2分11秒)と記載されているところとなる)

 上掲図はワシントンDC、それもホワイトハウス界隈の座標系が小説 Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』(1974)の表題にみとめられる座標系と距離的に極めて近しいとのことを訴求するための図となる。図中にてホワイトハウス、合衆国議事堂、ペンタゴンにそれぞれ付しての座標系を比較いただければ、分かろうと思うが、小説表題に見る[北緯38度53分51.61秒 西経77度2分11.48秒]との座標系はホワイトハウスよりほんの少し北西に逸れての位置となる(距離的離隔としては多くとも2,3キロメートル少々の違いのレベルの問題となる)。 尚、先の911の事件では以上図示なしてのワシントンDC一帯が攻撃対象とされたというのが公式発表上の内容である。言うまでもないこととは思うのだが、「ペンタゴン ―同ペンタゴンはホワイトハウスとポトマック川を挟んで距離的離隔の問題として3㎞とほんの少ししか離れていない(と縮尺基準表記付きの地図より少なくとも確認できる)との建物でもある― は先の911の事件で実際に攻撃されている」わけであるも、(図に描いての)ホワイトハウスやアメリカ合衆国議事堂も911の折柄、潜在的攻撃対象とされていたというのが公式発表に見る内容となっているのである(たとえば、英文Wikipedia[ United Airlines Flight 93 ]項目にあって現行、 The hijackers breached the aircraft's cockpit and overpowered the flight crew approximately 46 minutes after takeoff. Ziad Jarrah, a trained pilot, then took control of the aircraft and diverted it back toward the east coast of the United States in the direction of Washington, D.C. Although the specific target is not known, it is believed that the hijackers were intending to crash the plane into either the White House or the Capitol Building. [ . . . ] The hijackers breached the aircraft's cockpit and overpowered the flight crew approximately 46 minutes after takeoff. Ziad Jarrah, a trained pilot, then took control of the aircraft and diverted it back toward the east coast of the United States in the direction of Washington, D.C. Although the specific target is not known, it is believed that the hijackers were intending to crash the plane into either the White House or the Capitol Building.と表記されている、そう、途中墜落することになったユナイテッド93はそのまま墜落せずに行けば、ホワイトハウスないし議事堂に突撃することになったであろうとの表記がなされているとおりの公式発表がなされてきたとのことがある)

 同じくもの点についてまずもって述べるが、上に見る西経77度の七七という数値、ホワイトハウスの座標となっている[北緯38度53分51.61秒 西経77度2分11.48秒]にも認められる西経77度の[77]との数値規則がかの九一一の事件で[頻出]を見たものであるとのことがある。以下に表記のi.からiii.のような観点からそうも述べられる(:筆者としてはそれについてキリスト教の熱心なる会衆が抱くようなところの発想、【七つの頭を持つ獣】および【七つの頭を持つ赤い龍】が【キリスト教ドグマを容れぬ不信心者がことごとく地獄行きとなる最終戦争】を開始するとの筋立ての聖書の『黙示録』への意識誘導 ―人間存在を愚弄しながら宗教的狂人の類を眩惑するがごとく意識誘導― をなすとの発想などもあるのではないか、とも[無宗教の人間]としてながらもとらえているのであるが、「ここ本段では」そうした分析内容のことは細かくも触れずに脇に置いておく)

i.まずもって、先の911の事件ではアメリカン航空「77」便( American Airlines Flight 77 )が[北緯38度53分西経「77」度03分](秒の単位は略)との座標に存在するペンタゴンに突入したとされているとのことがある(「77」便が西経「77」度に存する建物に特攻したとのことにもなる ――※目立つところでは英文Wikipedia[ September 11 attacks ]項目にあって A third plane, American Airlines Flight 77, was crashed into the Pentagon ( the headquarters of the United States Department of Defense ), leading to a partial collapse in its western side.「ハイジャックされた飛行機の三番目としてアメリカン航空第七七便は西部壁面に部分的倒壊をきたすとのかたちでペンタゴン(米国国防総省本庁)に衝突させられた」と記載されているところである―― )。

ii.次いで述べれば、西経「77」度との座標系に位置するペンタゴンに特攻させられたとのアメリカン航空「77」便( American Airlines Flight 77 )をはじめ、911で[特攻]をなした飛行機群はBoeingボーイング社 ―日本国内の類似分野の大企業、三菱重工の数倍もの売上高を誇る航空宇宙機器(民生・軍用双方の航空宇宙機器)分野の「超」大企業で欧州のAirbusエアバス社と世界の旅客機市場を(厳密なる経済学的定義に則っての[複占]状態にあって)二分する企業たるボーイング社― 製の旅客機と認知されているわけであるが、それら911での[特攻]に用いられたと認知されている旅客機らは、(ボーイング社が市場にあって寡占状態で君臨する米国のその分野の帝王のような会社であり、かつ、ボーイングの旅客機製品の機種シリーズ名がそちら方向で固定・限定されているために当然のようにそうもなっているととらえられるようなところであるのであるも)、すべて
[ 7X7 model ]
と呼称される、[7と7の間に機種に応じて別の数が挿入されるとの機種番号]が付されての機体らであったとのことがある ――具体的には西経77度に位置しているペンタゴンに[特攻]した77便にあっての機体は7X7モデルに属するBoeing[757]であったと認知されており、ツインタワー(ノウスタワー・サウスタワー)に[特攻]した機体らは双方共にBoeing[767]に属する機体と認知されているとのことがある(911の事件で[特攻]に用いられた機種らがすべてボーイング7X7シリーズとなっていたことの出典は直下、挙げるとして、ここにてはボーイングの7X7シリーズにつき世間一般でいかような解説がなされているのかの典拠を引いておく→(以下、英文Wikipedia[ Boeing Commercial Airplanes ]項目よりの引用をなすとして) For all models sold beginning with the Boeing 707 in 1957, Boeing's naming system for commercial airliners has taken the form of 7X7.1957年にてのボーイング707にはじまるところとして販売されてきたすべての機種につきボーイング社の商用旅客機全ての命名規則は[7X7]との形態を取っていた」―― 

911の事件で特攻をなした旅客機の機種名が全て[7X7]シリーズに属するものであった(航空機市場をボーイングと両二分する欧州エアバス社の Airbus A380などでは「なかった」)とのことにまつわってのより細やかなる解説なされようとして

 911の事件にあって時々刻々と変化しての当日の状況につき細かくも分単位での記載がなされているとの英文Wikipedia[ Timeline for the day of the September 11 attacks ]項目にあっては、現行、ペンタゴンに特攻なしたことで知られるアメリカン・エアライン77便の機体がボーイング757であったとのことについて
8:20: American Airlines Flight 77, a Boeing 757 with 58 passengers and six crew members, departs from Washington Dulles International Airport in Fairfax and Loudoun Counties, Virginia, for Los Angeles International Airport. Five hijackers are aboard.「8時20分頃:乗客58名乗員6名が搭乗したボーイング「757であったとのアメリカン航空「77便がヴァージニア州にてのフェアファックス郡からラウドン郡をまたいでのワシントン・ダレス国際空港よりロサンゼルス国際空港目指して飛び立った。5名のハイジャッカーがその中には紛れ込んでいた」
との記載がなされている。
 対してサウスタワーの南側壁面に特攻なしたことで知られるユナイテッド航空175便に属する機体がボーイング767であったとのことについては上と同じくものウィキペディア項目([ Timeline for the day of the September 11 attacks ]項目)にあって 8:14: United Airlines Flight 175, another fully fueled Boeing 767, carrying 56 passengers and nine crew members, also departs from Logan International Airport in Boston; its destination was also Los Angeles International Airport.「8時14分:ユナイテッド航空175便、燃料を満載されての他のボーイング「767が56名の乗客、9名の乗員を乗せてボストンのローガン国際空港から飛び立った。同機の目的地もまたロサンジェルス国際空港であった」
と記載されているところとなる。
 また、ノースタワーの北側壁面に特攻なしたアメリカン航空11便が属する機体が(サウスタワーに突撃したそれと同様に)ボーイング767であったとのことについては英文WikipediaAmerican Airlines Flight 11項目にて
The aircraft involved, a Boeing 767-223ER, was flying American Airlines' daily scheduled morning transcontinental service from Logan International Airport, in Boston, Massachusetts, to Los Angeles International Airport, in Los Angeles, California.「(アメリカン航空11便ハイジャックとの兼ね合いで巻き込まれた)機体はボーイング「767」-223ERとなり、アメリカン航空のボストンはマサチューセッツのローガン国際空港からロサンジェルス国際空港に向けて毎日運行しているとの定期便であった」
との記載がなされているところである(※)。


※長くもなっての脇に逸れての話として

 半ば[余談]とはなる話だが、ノウスタワーに突撃したユナイテッド航空175便およびサウスタワーに突撃したアメリカン航空11便にあっては
【フライト・レコーダー】(フライト・レコーダーなるものの概要については続いて説明をなす)
が「発見されていない」とのことがよく知られている(:目に付くところでは英文Wikipedia[ American Airlines Flight 11 ]項目にて The flight recorders for Flight 11 and Flight 175 were never found.と記載されているとおりであり、「現行にて」そうもしたフライト・レコーダー関連のウィキペディア項目記述の出典として挙げられているのは "9-11 Commission Report - Notes". National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States. 2004. Archived from the original on May 30, 2008. Retrieved May 24, 2008.との調査委委員会報告書の特定記述部となる ―同調査委員会、[独立調査委員会]との触れ込みの、だが、全くもって深くもの調査をなしていない衆を欺くための[名ばかり委員会]であるとの批判もされているとのものだが、この際、そうした不評のことは取り上げない― )
 そこにいう【フライト・レコーダー】というもの、損害が尋常一様ならざるところとなりがちな飛行機事故の顛末を記録するための装置となり ―はなからそれを念頭に設計されているところとして― [いかに酸鼻を極めてのジェット機事故]でもそれが残るべくも設計されているものともなる(:については和文ウィキペディア[ブラックボックス (航空)]項目より引用なせば、(以下、引用なすとして)ブラック・ボックスとは、フライトデータレコーダー(FDR)とコックピットボイスレコーダー(CVR)の通称である。航空事故に関してブラックボックスと表現する場合は、FDRないしはCVRそれぞれ、あるいは双方を纏めて指している。航空事故の原因調査に大きな役割を持つ。・・・(中略)・・・外装は、墜落に伴う衝撃や火災、海没に耐えられるよう高い耐衝撃性・耐熱性・耐水性を備えた密閉容器である。搭載位置は、比較的破損が及びにくいとされる機体尾部が多い(引用部はここまでとする)とあるとおりである。ちなみに、フライト・レコーダー復旧[不能]事例(破損や発見不能による復旧[不能]事例)は稀なることだがあるとされており、現代にあってのそうした事例の一覧表記が英文Wikipedia[ List of unrecovered flight recorders ]項目にてなされている。そして、現行、その一覧表記にてのnoteの部を参照する限り、フライト・レコーダーが(原型の保持云々以前に)「見つからなかった」との実例は[海中に没したとのケース]にほぼ限られており、ノースタワー・ツインタワーのフライト・レコーダー未発見事例、破損されたそれが見つかるどころか何らその発見がなされていないとの未発見事例は[異例なること]ともなっている)。

 以上のようなフライト・レコーダーが「再生不能との状態で発見される」どころかまったくもって発見されなかったのがかの911のツインタワー特攻事件である。
 そして、そうもした事件であるに関わらず、ハイジャック犯の一人とされるサターム・アル=スカーミーなる男の、
【「最も焼尽しやすき物質たる紙によって」成り立っているパスポート】(どうしてそのような重要なるところで「誤報」をなすのか、正気の程が疑われるところとして「別の」テロリスト、テロ主犯格の[モハメド・アタ]のパスポートとも一時期マス・メディアなぞに「誤報」されていたことが知られる男のパスポートと「される」もの)
が飛行機突入事故後のご当地にて[奇跡的]に発見されているとのことが[公式発表]なされており(ワオ!マーベラス!とのことでフライトレコーダーのことと比較するかたちで多くの911の批判的検証をなしてきた者らに問題視されていることである)、それについては、いかに[馬鹿げたこと]でも右から左に流すだけ、あるいは、「高度な専門性など一ミリとて要求されない」世界にて記者と名が与えれた人種による真っ赤な嘘をも事実としがちな主流メディアの関係者の一部でさえもが流石に「おかしいだろう」と疑念表明しているところとなる。
 同点については「現行にての」英文ウィキペディア関連項目にあって次のような記載がみとめられるところである。

(直下、英文Wikipedia[ Satam al-Suqami ]項目にての現行記載内容よりの引用をなすとして)

Satam Muhammed Abdel Rahman al-Suqami ( June 28, 1976 - September 11, 2001 ) was a Saudi law student and one of five hijackers of American Airlines Flight 11 as part of the September 11 attacks.[ . . . ] Suqami's passport was found by a passerby ( identity unknown ), reportedly in the vicinity of Vesey Street, before the towers collapsed. ( This was mistakenly reported by many news outlets to be Mohamed Atta's passport.) A columnist for the British newspaper The Guardian expressed incredulity about the authenticity of this report, questioning whether a paper passport could survive the inferno unsinged when the plane's black boxes were never found. According to testimony before the 9/11 Commission by lead counsel Susan Ginsburg, his passport had been "manipulated in a fraudulent manner in ways that have been associated with al Qaeda." Passports belonging to Ziad Jarrah and Saeed al-Ghamdi were found at the crash site of United Airlines Flight 93 as well as an airphone.

(補ってもの訳を付すとして)
「サターム・ムハンマド・アブドゥル・アル=スカーミーはサウジの法学専攻の学生であり、911の攻撃にあってのアメリカン航空11便のハイジャック犯ら五名のうちの一人となる。・・・(中略)・・・スカーミーのパスポートは[未詳](発表されていないため[未詳])の通行人によって報告されるところでは「ツインタワーらが崩落を見る前に」 Vesey Street界隈で発見されたとのことである。(多くのニュース系列局ではそちらがモハメド・アタのパスポートであると「誤って」報道されていた)。対して英国紙ガーディアンのあるコラムニストは[機中ブラックボックスさえ発見されないとのことになった炎熱地獄の中で紙製のパスポートが原型留めていた(そしてそれがツインタワー崩落前に[発見]されていた)]というのはどういうことなのか、とその不審さにまつわる意見表明をなしている。911調査委員会の面前で弁護士スーザン・ギンズバーグによってなされた証言では彼スカーミーのパスポートはアルカイダに関係しているように詐欺的に[操作](訳注:捏造・贋造との文脈であろうか)されたものであるとされた。またズィアド・ジャッラーフおよびらサイード・アル=ガームディーらのパスポートも(その者達がテロリストとして犯行に関与したとされ目標地に至る前に墜落した)ユナイテッド93便の墜落現場にて発見されている

(補ってもの訳を付しての引用部はここまでとする)

(さらに話を続けて) 
 上の引用部に見るように911の事件にての飛行機突入後ツインタワー倒壊前のその僅かばかりの間にて「偶然に」ハイジャック犯の焼尽を免れたパスポートが匿名の通行人によって発見されたこと、それが贋造なされたものであるなどとの証言もが持ち出されているとのことがある中でユナイテッド航空93便(映画『ユナイテッド93』のモチーフとされてもいる突入墜落した飛行機)の墜落跡地にて「も」同様のこと、ハイジャック犯らのパスポートが焼尽せずに発見を見たと「されている」(表記引用部にて記載されているようにそのようにされている)ことからして他の疑義呈している多くの人間同様に筆者も首をかしげているところとなる(それにつきツインタワーに特攻したユナイテッド航空195便の方ではなく、同じくものユナイテッド航空便の途中墜落を見たユナイテッド航空93便の事件ではフライト・レコーダーは発見されており、事件の再現・検証に活用されたとされていることが知られる。ただ、目標地点に到達せずに墜落したユナイテッド航空93便の墜落地にて「も」紙製のパスポートが焼尽免れて発見されたとのことからして「なるほど」と見えるところとなる)。虚偽に次ぐ虚偽を[真実]として押しつけられる人類が、そう、[真っ赤な嘘]をも[真実]として周知させる力学に抗えぬとの結果ばかりを見せつけてくれるとの人類が[自分達を皆殺しにするつもりであるとのこと]がその実の[真実]であった際にそれを直視できるのか。そうしたことにも通底するようなところだと見ながら、他の多くの人間にも疑義呈されているとの上記のようなことらについても「当然に」筆者は首をひねっているのである。ちなみに日本では「意外なこと.」と思われる向きもあるかもしれないものの、911の事件に関しては[あれだけのことをやった(と「される」)]にも関わらずビン・ラディン自身は「公式には」目立って犯行声明を発しておらず、反対に同ビン・ラディンは
「事件には関与していない」
などとの声明を初期発していたことが知られる(『否定するぐらいならば何故、[あれだけの事件]を起こすよう糸を引いていたというのか?オウム真理教のように当局の目を釘付けにする意図でもあったとでもいうのか?』『細胞の暴走であるとでも言いたいのか?』との問題に関わるところとして、である)。について述べておけば、後にビン・ラディンに由来するところの犯行を示唆するものとしての音声記録・映像記録が公開されてその真贋についての議論がなされるに至っているとのこともあるにはあるわけだが、そうしたことを込みに基本的なところは英文Wikipedia[ Responsibility for the September 11 attacks ]項目(ビン・ラディン自身はテロ関与の[否認]をなしていたとの通俗的理解にまつわる記述「も」がみとめられる項目)、[ Videos and audio recordings of Osama bin Laden ]項目(ビン・ラディン犯行証跡として重視されてきた「押収」ヴィデオテープの真贋やそのヴィデオテープに対する英語訳に疑義が呈されているとのことについての通俗的理解が反映されての記述がみとめられる項目)にて[常識の世界での部分的解説]がなされているのでそちらをご覧になられてみるのもよかろうか、とは思う。さらに述べれば、犯行声明も犯行肯定も目立ってなさなかった者らが[犯行]にいかほどに関わったのか(あるいはそうではないのか)との問題と並行して気がかりなところとして911の事件の主犯とされる[[建築学専攻の苦学生]転じての建築事務所勤務の男]たるモハメド・アタ、[宗教テロ]のアルカイダ・サイドの主犯格とされる同男モハメド・アタの[人定]でもさまざまな混乱が生じ誤認誤報が事件の後に発生したとのことさえもがこの世界にはある(同文のことについても英文ウィキペディア程度の媒体のモハメド・アタ関連の項目から確認できる)。

 といった側面について(脇に逸れてものここでの話の中で)言及なしたうえで書いておくが、

「ここ本稿では[宗教テロ](などと[常識の世界]ではとりまとめられている911の事件)の表向きの属性についてくだくだと細かきことを論じるのは差し控えることとしたい」

 多くの人間が[(事前に情報を掴んでいた中で)覇権主義のために政府関係者が黙過をなしたか、積極的に事件に関与したというのがかの事件であろう]などとの「さもありなん」と見えもする見立てを披露している中で[純然たる宗教テロ・反米主義にまつわる公式発表の不可解さ]について今更くどくどと解説を講じても[陰謀論者 Conspiracy Theoristのそれ]と見做されるだけか、あるいは、[そのような類(陰謀論者)に由来するもの]と[筆者のような人間の言辞]を見せたい・貶めたいであろうとの相応の類ら(自身および自身の係累縁者を含む人類にとって不利益となるようなことを平然とやるような「相応の」精神構造の者ら)に[的外れなところ]より外的内的に批判する材料を「無駄に」与えるだけか、ととらえるに至っているからである。

 以上、書き記したうえで書いておくが、

「【911の事件】が【Puppets人形ら】([宗教的狂人]であろうと[政府関係筋]であろうと[特定結社成員]であろうとそうしたものであることには違いはないとの意味での【人形】ら)を用いて[相応の演出]をなされた【芝居】にして【儀式的行為】であると明言できる」

との[本質的なところ]について一体全体どういったことが指摘できるのか、【特定の象徴主義】(はきと述べてフリーメーソン象徴主義と共通のもの「でも」ある)と【911の事件】がいかように多重的に【事実】の問題として結びついているのか、そのことがいかように人間存在に対する愚弄のやりようと地続きになっているのかとのことにまつわる解説は長大な本稿にての補説4の部にて十分になしているのでは「自身の足下、置かれた状況のほどを本当によく理解したい」との向きはそちらを参照されるとよかろうとも述べておく。

(脇に逸れての話はここまでとしておく)

(直近までの脇に逸れての話が長くなってしまったが引き戻すとして)

 911の事件ではボーイング7X7シリーズの機体が[特攻]とされる行為([紛い物による茶番]だったかはここでは問題にしていない)に利用されていたとのことがあり(7X7シリーズは往時および今時の旅客機市場を競合他社のエアバス機と並んで席巻している機種シリーズであるためそれ単体だけ見ればおかしなこととはならぬことだろうが、とにかくも、利用されていたとのことがあり)、 西経「77」度に属するペンタゴンに突っ込んだとされもしているアメリカン航空「77」便についてもそれは例外ではない(くどくも繰り返すが、ボーイング「7X7」シリーズに属する機体がアメリカン航空「77」便として座標系として西経「77」度に位置するペンタゴンに特攻したというのが公式的説明となっている)。

iii.(ii.からiii.の段に移して指摘するところとして)

(本稿にての出典(Source)紹介の部101で[あまりにも基本的なこと]としてながら、説明講じているように)911の事件にてはワールド・トレード・センターで1WTCから7WTCの計7棟のビルが倒壊を見ている」

とのことがありもする。

 そして、さらに加えて、911の事件が[77]との数値とも親和性が強いとのことを指摘するとのここでの話と関わるところとして取り上げることとして、(従前既述内容とも一部重複するところとなりもするが)、次のようなこと「も」ありもする。

「本稿での先立っての補説4の部にての出典(Source)紹介の部106(3)に続く部で指摘していたところとして、[ワールド・トレード・センターで計[7棟]のビルが崩落した911の事件]は【11】(ナンバー・イレブン)とも際立って結びつく事件となっている、とのことが「ある」」

 まとめれば、およそ以下のようなかたちにて、である。

「【9プラス1プラス1】は【11】となる。
 そうした各桁足しあわせると【11】が浮かび上がってくるとの911の事件で崩されたツインタワー、同ツインタワーは遠望すると【11】との数を呈しているようにも見えるものであった。
 また、ツインタワーの階数は、―本稿にて度々呈示のアメリカ海洋大気庁による航空写真を元にしての図を再度呈示するまでもなく労せずに特定できようところとして― それぞれ「11」0階となっていた。 さて、110となれば、0の部を空値(Null値)と見た場合に【11】に変ずるとのものである。
 まずもってしての以上のことからして911の事件とは[【11】と結びつく素地ある日付]にあって[【11】と結びつく建物](外観および階数の両面で11と結びつく建物)が「攻撃」された事件であると述べられもするわけだが、のみならず、米国にあって[911番]というものが911の事件が起こる前から警察・消防・急患の一括しての車両呼びだし番号となっていたとのこと、そのこともが同じくものこととの絡みで意をなしてくるようなことがある(従前から各桁足しあわせると11になるとの911が(かの事件以後の[日付け]呼称としてではなくにも、の)米国の[緊急電話番号]となっていたとのことが意をなしてくるようなことがある)。 その点、日本版911番となっているのは[[ひゃくとおばん]こと【11】0番 ―ナンバー110は完成当時、世界最高層のビルとなりもしていたツインタワーの階数でもある― および緊急・消防呼び出しのための119番の各番号を合算したものであるわけだが([日本での110番と119番が合算されての役割]を果たすのが[警察・消防・急患の窓口を全て兼ねてのかねてよりのアメリカの911番]である)、 それら日本の緊急車輛呼びだし番号らも【11】と「同じくもの式で」結びつく(ことが問題になる)。 「11」0番についてはゼロの部分を存在しない数、空値と見れば、11となる(それは遠望すると11に見えていたありし日のツインタワー階数から11を導出するうえでの式ともなる.そして、またもってして「11」0番でかけつけてくる日本の警察呼びだし番号については(緊急の事態ではない場合のこととしては)[♯「911」0]番が電話相談窓口番号となっているとのこと「も」ある)。 他面、日本の消防・急患受け付けの[119番]については各桁足しあわせるとそこからして[11]が出てくるとの式のものであるとのことがある(これは911との日付の各桁を足すと11が出てくるのと同じ式である)。
 そういうことが世界中の緊急車輌呼びだし規則にて当てはまっているとのことがこの世界にはある(エストニア、ラトヴィア、ドイツ、ノルウェイ、トルコ、グアマテラ、ジャマイカ、ボリビアなど世界中の各国が消防ないし警察の呼びだし番号として110番を採用している ―アメリカのような911番方式を採用している国らもある一方で110番を採用している― とのこともウィキペディアの一覧表記の紹介として本稿の先の段で言及・解説している)。 であるから、[911と110との【11】を介しての連関]を「こじつけだ」と無条件に過小評価出来るものではないと申し述べる(ただし、911の事件の予見的言及なぞが多数なされている ―先述― といった馬鹿げたことが具現化して「いない」世界であったならば、そのようなことを問題視する必要はそもそもなかった、ダイヤル式電話にあってのダイヤルの人間工学的都合というやつで説明できるとの式で手仕舞いであったろうが)
 ここまで述べてきた[かの事件(911)と【11】とのつながりあい]から2001年にあってアメリカン航空「11」便がハイジャックされて92名が搭乗していた同便がツインタワーの片方たるノースタワーに突撃しているとのこと (上にてもその記述内容を引いているとの英文Wikipedia[ American Airlines Flight 11 ]項目にての冒頭部にて American Airlines Flight 11 was a domestic passenger flight which was hijacked by five al-Qaeda members on September 11, 2001, as part of the September 11 attacks. They deliberately crashed it into the North Tower of the World Trade Center in New York City, killing all 92 people aboard and an unknown number in the building's impact zone.と掲載されているとおりである) だに偶然であるとは無下に言い放てはしなかろうとの側面がある、実にもって残念だが、現実にある ―ただしもって話者が(最期は[それ]がおのれを裏切り嘲笑い殺すことになるものであるとの論拠で満ち溢れている中でも)【人間の、人間による、人間のための世界がそこに確として存在しているとのことにまつわっての根本的虚偽】(相応の世界観構築機構を用いて人間にそれこそ徹底的に押しつけられている紛い物の世界観)に基づいてしかものを見ぬし考えぬとの筋合いの空虚なる者らであるならば話は別ではあるが― 」

 揃い踏みでボーイング7X7シリーズに属する旅客機らが特攻に利用され、結果的に、突撃を受けたツインタワーを中心に7棟のビル群が連続倒壊したとのその事件が【11】と多重的に結びついているとの点について(ビル七棟の)[7]と【11】との数から何が述べられるか。セブン・イレブン、元々アメリカの氷販売事業者よりスタートした日本国内にあってもの大手コンビニエンス・ストアの名称ではないが、[乗算]の問題(かけ算の問題)から[特定の数77](すなわち、ボーイング7X7シリーズの機体が[特攻]に利用されての座標系にて西経「77」度に属するペンタゴンに突っ込んだとされるアメリカン航空「77」便についての側面でも問題となる[77]という数値またもってして911の後、同文にアルカイダによって企図されたとされる2005年7月7日のロンドンの連続爆破テロ、7/7とも略称されるかの事件のことを想起させる数値)が浮かび上がってくる(との想起がなせる)。

iii.の部はここまでとする)

 以上、i.からiii.の点より問題となる小説 ―バージョンアップする前の初期プランの到達目標が[7TeV(兆電子ボルト)と7TeVのビームをぶつける14TeVの重心系衝突エネルギー]にあるとのCERNのラージ・ハドロン・コライダーのことを想起させる15TeVのCEERN加速器なるものを登場させている小説『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』― の表題に見る
[北緯38度54分、西経77度0分13秒]
との座標系はかの911の事件と異常異様に結びつく【77】との兼ね合いで接合性をまずもって感じさせるものである(「それ単体で述べるべきことではない」とは言うまでもないとのことだが、これ見よがしに西経77度とのワシントンDCのホワイトハウス界隈の座標系をもちだしているとのそのことからして911との接合性を感じさせもする材料となる)。

 さらに、である。i.からiii.と分かちて指摘しもしてきたことに加えもして、ここで問題としている小説に見る[北緯38度54分、西経77度0分13秒]については七七を持ち出しながらそれがお【およそにしてのホワイトハウスの座標系】([北緯38度53分51.61秒西経77度2分11.48秒])および【およそにしてのペンタゴンの座標系】([北緯38度53分西経77度3分])を指しているとのことに加えもして次のようなことからして着目して然るべきだと手前、本稿筆者は判断している。

「[北緯38度54分 西経77度0分13秒]にあっての前半部、[北緯38度54分]は意図的に911との数値を導き出すように「調整」した座標である]とさえ見えるようになっている」

 極々表層的なことを言えば、 Adrift Just off the Islets of Langerhans : Latitude 38°54'N, Longitude77°00'13Wに見る[北緯38度54分]が[11(3+8)9(5+4)]となり[119]を想起させるからであるとのことがある。

Of course 、無論にしてそれ単体で述べれば、ただのこじつけ(far-fetched)にしかならないのは言うまでもないアルカイーダの英文綴りを少しばかり換えて読むと【「アルケイ」ダ】となりそれがヘラクレスの幼名【「アルケイデ」ース】と極めて語感近しくも通ずると述べる並みにそれ単体で述べる分ではただのこじつけにしかならないのは論を俟たぬことではある

 だが、本件については上のような言いようとても意をなしてくることとして次のようなことがある。

第一。(循環論法の問題が首をもたげもし、また、前提として引き合いに出す以上には意味をなすことではないところとして)、

Adrift Just off the Islets of Langerhans : Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』

という小説、内容を熟読してもそれと関係性がほぼないとのことが分かろうとの意図不明に長ったらしいタイトルが付されての同小説表題に見る[ランゲルハンス島]からその発見者たる[パウル・ランゲルハンス]のことが想起されるとのことがあり、同[パウル・ランゲルハンス]とほぼ英文綴りを同じくする( Paul Langerhans英文綴り12字中、語順先後関係含めて10字を共有するとの) Paul Langevin[ポール・ランジュバン]が1「911」年に「双子Twinsの」パラドックスを提案しているとのことが【現象】として「ある」。

第二。上の第一の点に加えもして現実に(ここにてA.からC.と分かちての話の中での先行するA.の段で取り上げていることだが)

911の事件のことが【双子のパラドックスの概念が用いられての特定文物】(先にその内容を振り返りもした BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy(邦題)『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』のことを指すのなかで奇怪に前言なされているとのこと

もが「ある」のがこの世界である(ただし、読み手たる貴殿が【「2001年9月11日」との日付表記を示す数値列】や【1「911」年提唱の「双子」のパラドックスを基礎にした設定付け】を僅かひとつの「タイムマシンにまつわる」思考実験に関わりもするところで「多層的に具現化させている」との1994年初出文物をもってして[「2001年9月11日」に発生した「双子」の塔の倒壊事件の予見文物]となっていないなどと見る向きならば「話は別」である ―筆者はそうした[基本的確率の問題すらよく理解できていない]か、[事実に向かいあうことさえしない]との「相応の」存在(まずもって生き残るための努力もしないであろうと見もしているとの向き/筆者にとっては石を置いてこなけさせすれば、どうでもいいとの向きら)を対象・念頭に本稿をものしているわけではない―  )。

 それがゆえ、そう、いかに同じくものことが馬鹿げて聞こえようとも[文献的事実]の問題として、

[【双子のパラドックス】の概念と【ブラックホール】に関わるところでの911の事件に対する奇怪な予見性の表出]

が(特定文物 BLACK HOLES & TIME WARP Einstein's Outrageous Legacy(邦題)『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』にまつわるところで)確と指し示せるところとして「ある」がゆえ、ブラックホール人為生成問題にまつわる奇怪なる予見的言及をなしているとの作品(先述のように【15兆電子ボルトのCEERN加速器】なる【現実のCERNの14兆電子ボルトのラージ・ハドロン・コライダー】に非常に近しいものを【主人公が渦を巻く黒々とした底無しの穴にCEERN装置で縮小されて落とし込まれるとの内容の小説】として登場させているとの作品)における問題として上のようなこと ―(ホワイトハウス座標系とは微妙にずれもしている)[北緯38度54分]との座標系に見る数値が[11(3+8)9(5+4)]となり[119]を想起させるとの「それ単体だけ見れば」おかしなこと― を、

[パウル・ランゲルハンスに由来するランゲルハンス島をタイトルに「不自然に」冠するとの小説作品(『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』)]

に見出しても行き過ぎにならないと申し述べるのである ――※「どうしてそういうことが起こりうるのか」との[[予言の霊]とでも呼ぶべきものが介在しているかのようにとれる【作用機序】](推論でしかそれについて論ずることができぬとのもの)の話については置くとして、現実に[現象]としてそういうことがこの世界では見受けられるようになっていること(はきと指し示せること)を本稿では重きをもって指し示しているとのことがある(病原体をはきと特定出来ないため、病因については細かくは論ずることができない(ようになっている/されている)が、何重にも何重にもスクリーニングかけての検査で結果的に[陽性]になることは指し示せるようになっているとしてもいい)―― 。


 まとめよう。

 ここまでにて Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N, Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』という作品が

「Paul」「Lange」rha「n」s (問題小説タイトルにそちら名称の使用がみとめられるランゲルハンス島の発見者たる科学者)
「Paul」「Lange」vi「n」 
(双子のパラドックスというものを1911年に呈示しもした科学者)

の間の近似性との観点で着目せざるをえぬとの作品である、すなわちもってして、

【ヘラクレスの計12に及ぶ功業】、【(ヘラクレス第11功業に見る)巨人アトラス】、【トロイア崩壊伝承に見るトロイア崩壊の原因たる(他伝承では巨人アトラスが在処を把握するとされる)黄金の林檎】、【巨人アトラスともトロイア崩壊元凶たる黄金の林檎とも史的に結びつけられてきたとのアトランティス沈没伝承】、【アトラスやアトランティスといった固有名詞を付されてのLHC実験におけるブラックホール生成論議に関わる事物】との要素らのうちの「複数」を特色として帯びつつ、かつ、【911の事件の発生(態様)にまつわる予見的言及】ないし【ブラックホール人為生成問題にまつわる「先覚的言及」】の一方、あるいは、その双方の特徴をも呈しているとの文物らが「不可解に」存在している]

との関係性の環 (ここ本段にて問題視していることであり、また、本稿にあって主軸として問題視してきた関係性の環) に組み込まれている作品であるとのことに関わることとして同じくものこと ―ランゲルハンス島発見者と双子のパラッドクス提唱者の名としての近似性― にすら着目せざるをえぬことを示すとの流れで以下振り返り表記しもしてのA.からC.と振ってのことを段階的に示してきた。

何故、本稿にて Paul Langerhans(ブラックホール生成予見小説と本稿にて問題視している『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』表題中にその名称が取り込まれている膵臓の一構造、ランゲルハンス島の発見者たる「パウル・ランゲルハンス」)と Paul Langevin(双子のパラドックスの概念を呈示したことで広くも知られている「ポール・ランジュバン」)の英文綴り上の類似性にまで殊更に着目しているかの理由について)

[双子のパラドックス ―[1911年]提唱― を重要な要素として持ち出している特定文物にあってそちら[双子のパラドックス]に関わるところで「一体全体、どういうわけなのか、」【双子の塔(ツインタワー)が[911]という日付にて崩された折の出来事との複合的相関関係】がみとめられるようになっている、しかも、尋常一様ならざるやりようで[ブラックホールおよびワームホール絡みの側面]にてそうもしたことがみとめられるようになっているとのことが「ある」]

[(1911年にポール・ランジュバンによって明確化されたとされる)双子のパラドックスと同様の効果・結果について描いている(とのことも部分的には指摘される)お伽噺らが洋の東西にて存在しているのであるが、それら洋の東西にて存在している問題となるお伽噺(フェアリー・テール)らが【文化伝播ではおよそ説明がつきがたいような数値使用にあっての一致性】を(確たる文献的事実の問題として)伴っているとのものらとなりもしているとのことがあり、かつ、それらがブラックホールやワームホールにまつわる特色とも相通ずる特質をも伴っているとのことが「ある」](→そういうところの話であるから、操作の力学のありよう・「やりよう」を想定した場合、特異性についてより一層着目すべきようなところがある)

これが【一連の話の行き着くところ】として極めて重要なところであると強調したいところとして) [ (先行してのA.およびB.の内容をも顧慮のうえで重み・意味合いを判ずべきこととして) 【双子のパラドックス提唱者の姓名ポール・ランジュバン】の英文綴り字12字中、10字を「綴り順含めて」共有しているとのパウル・ランゲルハンスが発見した膵臓のランゲルハンス島(アイル・オブ・ランゲルハンス)の名前を含む小説 Adrift Just off the Islets of Langerhans:Latitude 38°54'N,Longitude77°00'13W は (先述のように同作が【ブラックホール人為生成問題の先覚的言及】を内に含んでいる作品であるのみならず) 【911の事件】と結びつく側面「をも」有していると判じられるような作品である。については「Paul」「Lange」rha「n」s←→「Paul」「Lange」vi「n」(元より【ブラックホール関連事物】【911の先覚的言及事物】とのからみでかぐわかしい側面とともにあると先述の【双子のパラドックス】のそもそももってしての考案者)との関係性をわざと想起させるようなタイトル付けがなされているのであると想定すれば、自然、そうした関係性が際立つようなかたちともなっている(タイトルに[「これ見よがし」に付された【77】との数値]も同じくものことに関わる)]

(上記C.の段にあってはi.からiii.と分かちて
[先の911の事件(ペンタゴンのみならずものワシントンDC界隈を標的にしていたと公式発表されている事件)が異常に数値【77】と結びつく]
とのことについて解説し(アメリカン航空「77」便として運用されていたボーイング「7x7」シリーズのジェット機がハイジャックされそちらジェット機が西経「77」度に位置するペンタゴンに特攻させられたと発表されていること、また、同文にボーイング「7x7」シリーズのジャンボジェット機がハイジャックされて[11]と複合的に結びつくツインタワーを中心にしたワールド・トレード・センターのビル[7]棟を倒壊させたと伝わっていることを取り上げ)、 そのことから、
Latitude 38°54'N, Longitude77°00'13Wとの小説タイトルに見る座標系(そちら小説に見る座標系、ホワイトハウス界隈の座標系/911の事件で標的にされることになったとされるその界隈の座標系でもある)にこれ見よがしに【77】との数値が入れこまれていること]
を問題視し、そして、「なおかつ」のこととして、
[同じくもの座標系に見る Latitude 38°54'Nとの[ホワイトハウスの座標系[北緯38度53分51.61秒 西経77度2分11.48秒]より「微妙にずらされて」のところ]にあって[3+8][5+4]との式で[11][9]との数値が浮かび上がる]
とのこと「をも」問題視していた。
 そうもしての問題視にあっては
「それ単体で見れば、far-fetchedこじつけがましいとされるのは言うまでも無いことであるが、」
と「無論のこと」としての断りをなしつつも先行するところのA.にて指摘したこと(ブラックホール関連の作品にして双子のパラドックスを引き合いに出しつつも911の予見的言及をなしているとの文物『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』が存在しているとのこと)[問題小説『ランゲルハンス島沖を漂流中』の【ブラックホール人為生成問題にまつわっての異様なる予見的側面】の先覚的 言及作品としての側面]の繋がり合い(ブラックホール関連の先覚的言及作品「ら」の繋がり合い)について「も」注意を向けもした)

 さて、本稿本段にあっては

Adrift Just off the Islets of Langerhans : Latitude 38°54'N, Longitude77°00'13W『北緯38度54分、西経77度0分13秒 ランゲルハンス島沖を漂流中』

という作品 ―異常異様なる加速器LHCにまつわっての予見小説として問題視している作品― もが

【ヘラクレスの計12に及ぶ功業】、【(ヘラクレス第11功業に見る)巨人アトラス】、【トロイア崩壊伝承に見るトロイア崩壊の原因たる(他伝承では巨人アトラスが在処を把握するとされる)黄金の林檎】、【巨人アトラスともトロイア崩壊元凶たる黄金の林檎とも史的に結びつけられてきたとのアトランティス沈没伝承】、【アトラスやアトランティスといった固有名詞を付されてのLHC実験におけるブラックホール生成論議に関わる事物】との要素らのうちの「複数」を特色として帯びつつ、かつ、【911の事件の発生(態様)にまつわる予見的言及】ないし【ブラックホール人為生成問題にまつわる「先覚的言及」】の一方、あるいは、その双方の特徴を呈しているとの文物らが「不可解に」存在している]

との関係性(本稿にて主軸として問題視しているとの関係性)に組み込まれていることの摘示に注力してきたわけであるが、ここで一端脇に逸れもし、以下、長くも枠で括ってのこともが問題になるとのことの指摘をなしておきたい。

 唐突とはなるが、SF小説作家の中にあっての巨匠中の巨匠とされている作家としてアーサー・クラークという作家がいる(本稿の先だっての段でも同作については言及してきたところの作品だが、同アーサー・クラークの代表作『2001年宇宙の旅』については多くの人間が聞き及んでいるか、とは思う)
 そのアーサー・クラークの「1973年(あるいは1972年とも)刊行の」代表作(の一つと一般に認知されている作品)として

Rendezvous with Rama『宇宙のランデブー』

という作品がある(:そちら『宇宙のランデブー』の粗筋・概要は(以下、申し分け程度に和文ウィキペディア[宇宙のランデブー]項目より引用するが)『宇宙のランデヴー』(うちゅうのランデヴー、原題 Rendezvous with Rama)は、アーサー・C・クラークが著した長篇SF小説。・・・(中略)・・・22世紀を舞台に、太陽系に進入した異星の宇宙船ラーマとのファースト・コンタクトが描かれている。ネビュラ賞、ヒューゴー賞受賞。未知の存在へのセンス・オブ・ワンダーを見事に描いた傑作として評価されている。・・・(中略)・・・西暦2130年、宇宙監視計画スペースガードが謎の物体を発見した。ラーマと名付けられた物体は当初小惑星だと思われていたが、宇宙探査機によって送られた映像に写っていたものは、円筒型をした疑いようもない人工の建造物だった。急遽、艦長ノートン中佐率いる宇宙船エンデヴァー号がラーマの探査へ派遣される・・・(中略)・・・結局、エンデヴァー号は「ラーマ人」を発見することがないまま任務を終えた・・・(中略)・・・実在するスペースガード計画は、この作品にちなんで命名された。作中では冒頭で、2077年に小惑星がイタリアへ衝突し甚大な被害をもたらした事が発足のきっかけになったと描写している(和文ウィキペディアよりの引用部はここまでとする)とのものとなる.詰まるところ、原著原題としての Rendezvous with Rama『ラーマとのランデブー』との内容は表記のような内容、[ラーマと地球側から名付けられた異星系由来の無人の移動型宇宙居住区]と人類が運命的接触を果たしたことに因る)。

 上にて言及の作品『宇宙のランデブー』からして

[【77】との数値を日付[9月11日]に繋げている]

とのことをなしているしかもそうもした[【77】と9月11日の繋がり合いに関わるとの部]がフィクションの垣根を越えて現実世界での社会活動に影響を及ぼしているとのことがある。目立ちもしているその冒頭部よりそういうことをなしているのである。については以下続けての原文引用の部を参照されたい。

(直下、国内書店にて広くも流通しているハヤカワ文庫SFシリーズにての文庫版『宇宙のランデブー』、冒頭部、表紙・目次などもページ数に加えられたうえでの邦訳書11から12ページよりの引用をなすとして)

二〇七七年の例年(いつ)になく美しい夏、九月十一日の朝九時四十六分(グリニッジ標準時)、ヨーロッパ一帯の住民は、東の空に出現した目もくらむばかりの火球を仰ぎ見た。数秒とたたぬうちに、それは太陽よりも明るさを増し、天をよぎるにつれ――はじめは完全な無音で――涌きかえるような塵煙の太い尾を引いた。
 オーストリア上空のどこかで、火球は分裂を始め、たてつづけに激しい運動をおこして、百万以上の人びとから、永久に聴力を奪った。だが、かれらはまだしも幸運だった。
 毎秒五十キロのスピードで、一千トンの岩石と金属が北イタリアの平原に激突し、数世紀にわたる営為の成果を、ほんの数瞬で灰燼に帰させた。パドアとヴェロナの町が、地表から払拭され、ヴェニスの最後の栄光は、この宇宙からの鉄槌の一撃後、なだれこんできたアドリア海の水の下に、永遠に没したのである。

(国内書店にて幅広くも流通している訳書よりの引用部はここまでとする ―※― )

(※上記引用部に対して、その気があるのならばオンライン上よりも難なく確認できる直下続けて抜粋の原文テキストを検索エンジンで検索してみることで難なくも確認できる)との原著 Rendezvous with Ramaの記述をも引いておくこととする。(直下、『宇宙のランデブー』原著 Rendezvous with Ramaにての冒頭部、 1. Spaceguardの節よりの引用をなすとして) At 09.46 GMT on the morning of 11 September, in the exceptionally beautiful summer of the year 2077, most of the inhabitants of Europe saw a dazzling fireball appear in the eastern sky. Within seconds it was brighter than the sun, and as it moved across the heavens?at first in utter silence ― it left behind it a churning column of dust and smoke. Somewhere above Austria it began to disintegrate, producing a series of concussions so violent that more than a million people had their hearing permanently damaged. They were the lucky ones. Moving at fifty kilometres a second, a thousand tons of rock and metal impacted on the plains of northern Italy, destroying in a few flaming moments the labour of centuries. The cities of Padua and Verona were wiped from the face of the earth; and the last glories of Venice sank for ever beneath the sea as the waters of the Adriatic came ― thundering landwards after the hammer-blow from space.(オンライン上より確認なせるとの原著よりの引用部はここまでとする.問題となる箇所は At 09.46 GMT on the morning of 11 September, in the exceptionally beautiful summer of the year 2077, most of the inhabitants of Europe saw a dazzling fireball appear in the eastern sky.との部である))

(これにてアーサー・クラークの『宇宙のランデブー』という作品からして[77との数値を9月11日に繋げている]とのことの典拠表記部 ―[【文献的事実】の問題であること、容易に確認出来るようになっていることを示すための典拠紹介部]― を終える)

 さて、ここまでにてアーサー・クラーク小説の特定の属性を問題視なしてきた背景として、再言及するが、

[911の事件では揃い踏みでボーイング7X7シリーズに属する旅客機らが特攻に利用され、うち一機に関しては(機体コードではなく定期便の便数として【77】が振られていたとの)アメリカン航空「77」便として運用されていた機体となりもし、そちら(77便として当日運用されていたボーイング7X7シリーズの機体)が西経「77」度に位置する建物(ペンタゴン)に特攻した。 また、911の事件は同じくものボーイング7X7シリーズに属する旅客機らがワールド・トレード・センターのツインタワーへ突入しもし、それが「結果的に」7棟のビルらが倒壊することになった契機となった事件であると知られている。に関しては事件ありようが[11]との数と多重的に結びついているとの指摘がなせるようになっている(先述)との点によって(ビル七棟の)[7]と[11]との数が[乗算]の問題(かけ算の問題)から[数77]が浮かび上がってくるとの見方もなせるようになっている]

とのことがある、現実にある。

 表記のことについて

「問題なのは.... ―[正気・正常の人間ならばそうした検討より当然に入ろう]と述べられるところとして― そうしたことがある中にあってクラークの小説 Rendezvous with Rama『宇宙のランデブー』が[9月11日]との日付と[77]との数字が入れ込まれての年数を結びつけているとのことがあるのが[確率論的偶然]( only co-incidental )で済むのか?とのことを突き詰めてみるべきである。については、偶然でないとすれば([恣意]である、deliberateであるとすれば)、一体全体どうしてそういうことが具現化しているのか、その行き着くところは奈辺にあるのかとあわせて突き詰めてみることである」

と申し述べて話をさらに続ける。
 
 さて、奇態なる記述内容 ―少なくとも[911との数値(かつ9月11日との年次)と77との数値を結びつけている]との70年代前半の作品にてのありようは「奇態なる」記述内容と述べるに足りるものかと見る― を含むとの『宇宙のランデブー』をものしたアーサー・クラークの作品については他にも911の事件との結節点が観念されるところとなっており、手前が分析してきたところとしては以下、次のようなことらもが挙げられもする (その点、アーサー・クラークの作品については海外でも一部の向きらが911の事件との繋がり合いを不十分に言及することもあるのだが(といった側面では彼らは読み手のknowの問題に筆者よりも期待しすぎとの感もある)、筆者のここでの指摘は彼ら海外の指摘者らが知ってか知らずかなんらカヴァーしてくれていないことにまで言及してのものであるとのことも一応、断っておく)


・アーサー・クラークの代表作は 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』となるが、本稿先立っての段(補説1と銘打っての段の末尾の部)にて[ブラックホール関連の寓意性]でのその言われようにつき引きもしていた同著作 (小説版「第六部スターゲイトを抜けて」の部にあっての[時計が止まる中での空間跳躍]の描写が[まさしくもブラックホールを利用した旅のようなものである]との物理学者ポール・ハルパーン著書 Cosmic Wormholes: The Search for Interstellar Shortcuts『タイムマシン ――ワームホールで時間旅行―― 』での言われようを先立って引きもしていた著作) にあっての表題に見られる【2001年との年次】と【911の事件が発生したとの年次】が相通ずるものとなっているとのことがある(それ単体で述べれば、『[こじつけがましい]far-fetchedだけの陰謀論であろう』と何も識っておらぬ向きに内心にて指弾されるのは必定であろうとの話ながらもまずもって述べるところとしてである)。

・上記『2001年宇宙の旅』の映画版、カリスマ映画監督として知られるスタンリー・キューブリックがメガホンをとった著名な映画版 ―映画通をもって任じる向きならばその内容を把握していて当たりまえであろうといった按配の知名度を誇る[異星に由来するモノリス(黒い長方形の石)によって猿が知的進化を遂げる冒頭シーン]でもよく知られている映画版― については哲学者フリードリヒ・ニーチェ由来の発想法との結びつきが「一般論として」「自然なる流れにて」指摘されるものとなっているとのことがある。 
(:以下、英文Wikipedia[ Interpretations of 2001: A Space Odyssey ]項目([映画版『2001年宇宙の旅の解釈論』]項目)より引用をなすと
Friedrich Nietzsche's philosophical tract Thus Spoke Zarathustra, about the potential of mankind, is directly referenced by the use of Richard Strauss's musical piece of the same name. Nietzsche writes that man is a bridge between the ape and the ubermensch . In an article in the New York Times, Kubrick gave credence to interpretations of 2001 based on Zarathustra when he said: "Man is the missing link between primitive apes and civilized human beings. Man is really in a very unstable condition."(逐語訳に代えての補いもしての意訳をなすとして)「(ニーチェの『ツァラストラはかく語りき』と同題のリヒャルト・ストラウス歌曲が映画版『2001年宇宙の旅』に用いられている中でのこととして)哲学者ニーチェ自身は( Thus Spoke Zarathustra『ツァラストラかく語りき』にて)[人間とは[[猿]と[超人]の間の架け橋]である」と述べている。それにまつわって(『ツァラストラはかく語りき』と同題のリヒャルト・ストラウス歌曲を原始的猿が人間へと外的に進化させられる冒頭シーンに通ずるところで用いているとの)映画版『2001年宇宙の旅』監督キューブリックが「[原始的猿]と[文明化された人間存在]との間のミッシング・リンクが人間にはつきまとう.人間はまったくもって(綱渡りするようにか)[不安定なる状況]にある」と述べもしている時点で監督手ずから『ツァラストラはかく語りき』に依拠した『2001年宇宙の旅』の解釈を表明しているとも言えよう」(以上、補っての解説を付しての英文Wikipediaよりの引用とした)
とあるとおりである)

・アーサー・クラークの他の作品にも、それも 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』よりかなり前に刊行された作品にあって「も」直上、言及なした、

[映画版『2001年宇宙の旅』に影響を与えているとのことが指摘されているフリードリヒ・ニーチェの( Thus Spoke Zarathustra『ツァラストラかく語りき』に見る)[綱渡り]の寓意]

に相通ずるものが具現化している、[二つの塔]にまつわるものとして具現化しているとのことが Philological Truth 【文献的事実】の問題としてある。

 その点、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラストラかく語りき』における[綱渡りの寓意](上にてのウィキペディアよりの引用部にても言及されているように映画版『2001年宇宙の旅』の筋立てに影響しているとの解釈がなされている、Thus Spoke Zarathustra『ツァラストラかく語りき』に見る Man is a rope stretched between the animal and the Superman ― a rope over an abyss.「人間とは動物と超人類の間に横たわる綱、[深淵abyss]を渡っての綱である」との部に関わる寓意)、そちら[綱渡りの寓意]に関わるエピソードとは

[男が市場にての見世物として[二つの塔]の間に張られた綱を渡ろうとする。だが、男はライヴァルとしての[道化師然とした後から綱渡りはじめた者]に追い抜かれて転落。そうもして転落を見た男が瀕死、今際の際との状況になりもした折、思想家ツァラストラが[君は賤しむ所業によってではなく職に応じて死を迎えるのだ.恥じることは何らない.私が君を埋葬しよう]と声がけする(そして男は死を得る)]

との筋立てのものである。

(:典拠をつまびらやかにするとの本稿本義たるところに基づき、広くもオンライン上より確認なせるとの Project Gutenbergにて公開の英訳版 THUS SPAKE ZARATHUSTRA A BOOK FOR ALL AND NONEよりの引用をなせば、
In the meantime, of course, the rope-dancer had commenced his performance: he had come out at a little door, and was going along the rope which was stretched between two towers, so that it hung above the market-place and the people. When he was just midway across, the little door opened once more, and a gaudily-dressed fellow like a buffoon sprang out, and went rapidly after the first one. "Go on, halt-foot," cried his frightful voice, "go on, lazy-bones, interloper, sallow-face! -lest I tickle thee with my heel! What dost thou here between the towers- In the tower is the place for thee, thou shouldst be locked up; to one better than thyself thou blockest the way!" -And with every word he came nearer and nearer the first one. When, however, he was but a step behind, there happened the frightful thing which made every mouth mute and every eye fixed- he uttered a yell like a devil, and jumped over the other who was in his way. The latter, however, when he thus saw his rival triumph, lost at the same time his head and his footing on the rope; he threw his pole away, and shot downwards faster than it, like an eddy of arms and legs, into the depth. The market-place and the people were like the sea when the storm cometh on: they all flew apart and in disorder, especially where the body was about to fall. Zarathustra, however, remained standing, and just beside him fell the body, badly injured and disfigured, but not yet dead. After a while consciousness returned to the shattered man, and he saw Zarathustra kneeling beside him. "What art thou doing there?" said he at last, "I knew long ago that the devil would trip me up. Now he draggeth me to hell: wilt thou prevent him?" "On mine honour, my friend," answered Zarathustra, "there is nothing of all that whereof thou speakest: there is no devil and no hell. Thy soul will be dead even sooner than thy body: fear, therefore, nothing any more!" The man looked up distrustfully. "If thou speakest the truth," said he, "I lose nothing when I lose my life. I am not much more than an animal which hath been taught to dance by blows and scanty fare." "Not at all," said Zarathustra, "thou hast made danger thy calling; therein there is nothing contemptible. Now thou perishest by thy calling: therefore will I bury thee with mine own hands." (逐語訳ではなく細部端折っての意訳として)「すぐに綱渡りの曲芸師が売り物としての綱渡りをはじめた。男は小さなドアより出てきて[二つの塔の間にかけられた綱]( the rope which was stretched between two towers )にそって歩み出した。彼がロープ中頃に達した折、(同男が先に出てきた)小さなドアが再び開き、[いかにも道化然とした出で立ちの男]( a gaudily-dressed fellow like a buffoon )が既にロープ渡りをはじめていた男の後を追いだした。(以下、道化師然とした男が先行する綱渡り師をなじりもしての申しよう、そして、道化師然とした男が先行する男に肉薄していくとの描写の部を端折ることとし、)道化師然とした男のほうの綱渡りにあっての勝利を目にした折、頭から脚まで一挙にとのかたちで男はロープにおける自分の居場所を失い深みに落とされることになった。の際、市場の群衆は逃げ惑うことになった、なかんずく、男の身体が転落した場の者達に関しては強くもそうなったのだが、ツァラストラはそこにて動かじのありようを貫いた。意識が閉ざされる男の今際の際にツァラストラは男の側にて膝をかがめ、話を聴いた。「何たる有り様か。私はずっと前から悪魔が私を拐(かどわ)かしていたことは知っていたのだ。今、奴は、悪魔は我を地獄に引きづり込もうとしている。貴方にはそれを妨げることなどできないだろう」(男) 「信義誠実にかけて言おう。友よ。君の言ったようなことはなんらない。地獄も悪魔も存在しはしないのだ。君の魂は間もなく朽ち果てる。おそれも何も無い」(ツァラストラ) 「貴方が言っていることが真実なら、失うものも何もない。命失うときに何も失うものはないとのことになる。私は暴力的制裁と僅かな金にて曲芸を供するよう仕込まれた動物にすぎなかったとのことになるのであろう」(男) 「いや、そのようなことはまったくない。賤しむべきようなこともなんらない。今、君は賤しむべき所業がゆえにではなく[職]がゆえに死を得ようとしているのだ(それは恥ずべきことではない)。だから、私が自分の手で君を埋葬することにしよう」(ツァラストラ)」との部が以上の内容を扱ったところとなる)

 さて、ニーチェの[綱渡り]の申しよう ―[道化師]に[[二つの塔]の間を綱渡りしようとしていた男]が追い越されて転落、「自分は鞭と僅かな金子で芸を仕込まれた動物に過ぎぬのだろう」と呻吟しながらも死んでいくとの描写もが引き合いに出されての申しよう― を露骨に想起させるとのありようがアーサー・クラークの「他の」作品にも、そう、そうした寓意を含むとの指摘がなされていることを直上にて紹介した 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』よりかなり前に刊行された作品にあって「も」具現化しているとのことをここ本段では問題視する。
 そちらニーチェの[綱渡り]の寓意と関わるクラーク由来の「他の」作品とは1956年に世に出ている、

THE CITY AND THE STARS『都市と星』

という小説作品となる。

 細かい内容に関する説明は一切割愛し申し述べるが、上記作品(『都市と星』)にあっては

[【道化師(英語表記Jester)】と言われる型破りの男(ケドロンKhedronというキャラクター)に主人公(アルヴィンAlvinという登場人物)が【二つの塔】【双子の頂(いただき)】の間を綱渡りするようなことは[機械]にしか出来ぬことだ、[機械ならぬ人間]には危険を避ける本能があるのだから不可能なのだと窘(たしな)められもする]

との描写がなされている ―【道化師】と【二つの塔の間の綱渡りの困難さ】が結びつけられているとのことでフリードリヒ・ニーチェの『ツァラストラはかく語りき』にあっての【道化師】と【二つの塔の間の綱渡りの困難さ】が結びつけられている筋立てとの接合性がみとめられる― (:オンライン上より確認なせるとのアーサー・クラーク THE CITY AND THE STARS『都市と星』原著よりの該当部よりの引用をなせば、[ Then let me tell you something which you may not know. You see those towers there?] Khedron pointed to the twin peaks of Power Central and Council Hall, staring at each other across a canyon a mile deep. [Suppose I were to lay a perfectly firm plank between those two towers - a plank only six inches wide. Could you walk across it?]Alvin hesitated. [I don’t know,] he answered. [I wouldn’t like to try.] [I’m quite sure you could never do it. You’d get giddy and fall off before you’d gone a dozen paces. Yet if that same plank was supported just clear of the ground, you’d be able to walk along it without difficulty.] [And what does that prove?] [A simple point I’m trying to make. In the two experiments I’ve described, the plank would be exactly the same in both cases. One of those wheeled robots you sometimes meet could cross it just as easily if it was bridging those towers as if it was laid along the ground. We couldn’t, because we have a fear of heights. It may be irrational, but it’s too powerful to be ignored. It is built into us; we are born with it. In the same way, we have a fear of space.(・・・)(意訳として)「君が想いもよらぬとのことを話させてもらおうか。君にはあそこの[塔ら]( those towers there )が見えるかね」。そうも言い、道化師ケドロンは一マイルほどの深さの峡谷をなすようなかたちとなりもしている電力供給炉と中央市議会ホールの両ビルの[双子上にそびえ立ついただきthe twin peaks of Power Central and Council Hall )を指さした。「差し渡しにて6インチ程の板、極めて硬いとの板をあれら塔の間に私が架けたと考えてみたまえ.君ならそれを渡りきれるかね」。道化師ケドロンは言った。アルヴィンは躊躇しながらも「分からない」と答えた。「だが、試したくはないね」。「君はそれをなしえないと確信しているよ。めまいを覚え、たいして進んでいないとのうちに真っ逆さまだね。だが、もし、同じくもの板がほんの少し地面より離れているとの場合を考えると、君は難なくも渡りきれるだろうね」とケドロン。「どうしてそれが分かる?」。返してアルヴィン。「まさにそれこそが私がここで問題としている単純なポイントとなるのさ。私が示した二つの思考実験にて板にまつわる条件はまったく同じだ。君がよく見かけるような車輪付きの走行ロボットならば、地面との間隔が極々僅かなものであるものと同様に(1マイル程の峡谷を間に形成している双子状のビルの頂きを)難なく渡りきれるだろうね。だが、我々にはそれはできない。というのも高所にあって恐慌状態に陥るだろうからね。それは不合理なものではあるが、無視するにはあまりにも強力なものだよ。生まれつきとのありようで我々の本能に埋め込まれているのさ。同様の理由で我々は宇宙空間に対しても恐怖を抱いている」(オンライン上より確認できるとの部に対する意訳重視しての訳はここまでとする)との部が該当部となる)。

 いいだろうか。上に引用なしたような式で

[[道化師](と呼ばれる男)と[死に至る二つの塔・双子の頂(いただき)の綱渡り]]

への比喩的言及がアーサー・クラークの小説作品 THE CITY AND THE STARS『都市と星』にはみとめられるわけだが、後のアーサー・クラークの小説 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』の映画版にあって「も」フリードリヒ・ニーチェ由来の[[道化師(と呼ばれる男)]と[死に至る二つの塔・双子の頂(いただき)の綱渡り]]の寓意譚と関係する描写が含まれているといった観点が(英語圏の大衆紙にて)取り扱われていたとのことになっているとのことが「ある」 (:つい最前の段にあってもそちらよりの引用をなしたところの現行にての英文Wikipedia[ Interpretations of 2001: A Space Odyssey ]項目表記よりの引用を繰り返せば、 Friedrich Nietzsche's philosophical tract Thus Spoke Zarathustra, about the potential of mankind, is directly referenced by the use of Richard Strauss's musical piece of the same name. Nietzsche writes that man is a bridge between the ape and the ubermensch . In an article in the New York Times, Kubrick gave credence to interpretations of 2001 based on Zarathustra when he said: "Man is the missing link between primitive apes and civilized human beings. Man is really in a very unstable condition."とのことがある。(訳文も上に付しているところの)そうもしたまとめられように見る映画監督スタンリー・キューブリックの申しよう、すなわち、[ツァラストラはかく語りき]とのニーチェの思想書と同名のタイトルを有したリヒャルト・シュトラウスの歌曲を映画版『2001年宇宙の旅』に採用しているとの映画監督の「人間と猿の間にはミッシング・リンクがあり、人とは不安定な状況(アンステーブル・コンディッション)にある存在である」との当該映画に対するニューヨーク・タイムズのインタヴューに対するまさしくものその回答が、要するに、「文明化された人間とは動物と超人との間の架け橋、【深淵】(アビス)を横たわる橋である」とのニーチェ申しようと通底するところとなっていると解されるようになっている ―因(ちな)みに映画版『2001年宇宙の旅』にあっても同作の小説版にあっても猿から進化させられたヒトという種の中から[スター・チャイルド]とのさらに進化した[超人]が誕生するとの描写がなされている、そして、そちら描写に関わるスター・ゲイト小説版表記にブラックホールに通ずる側面があると指摘されているとのことがある― )


 以上、箇条書きしもしてきたことらを思料したうえで考えるべきは

[60年代の作品である 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』にあってみとめられる[2001年]という年次は現実世界で[二つの塔](道化師と綱渡りの寓意と通ずるところがあるように見えもするツインタワー)が崩された年次である]

とのことである。

 偶然か? 
 筆者が『そうはとらえるべきではないだろう』と見るところとして「さらに」次のようなことがある。

 1974年、曲芸綱渡り師としての自身の限界を試すべくフィリップ・プティとその仲間たちが[かねてよりのツインタワーに対する秘密工作]の成果を糧とするかたちでツインタワーにてのゲリラ的綱渡りを慣行、一躍、時の人となったとのことがある ...(:英文Wikipedia[ Philippe Petit ]項目より引用するところとして Philippe Petit (born 13 August 1949) is a French high-wire artist who gained fame in 1974 for his high-wire walk between the Twin Towers of the World Trade Center in New York City, on the morning of 7 August. [ . . . ] Since the towers were still under construction, Petit and one of his collaborators, New York-based photographer Jim Moore, rented a helicopter to take aerial photographs of the buildings. Friends Jean-Francois and Jean-Louis helped him practice in a field in France, and accompanied him to take part in the final rigging of the project, as well as to photograph it. His friend Francis Brunn, a German juggler, provided financial support for the proposed project and its planning. Petit and his crew gained entry into the towers several times, and hid in upper floors and on the roofs of the unfinished buildings in order to study security measures, in addition to analyzing the construction and identifying places to anchor the wire and cavalletti. Using his own observations, drawings, and Moore's photographs, Petit constructed a scale model of the towers in order to design the needed rigging to prepare for the wire walk. Working from an ID of an American who worked in the building, Petit made fake identification cards for himself and his collaborators (claiming that they were contractors who were installing an electrified fence on the roof) to gain access to the buildings.と記載されているとおりである)

 曲芸師フィリップ・プティの[事前偵察活動(ツインタワーに就業中の保険会社社員をも「体よく」仲間に引き入れることに成功させつつも実行できたなどと述懐されている事前偵察活動でもある)を受けもしての[活躍]ぶり]については Man on Wire『マン・オン・ワイヤー』との題名の2008年発のドキュメンタリー・フィルムがレンタルできるようなかたちで広くも流通を見ているために疑わしきはそちらを確認されるとよかろう(本稿筆者としてはドキュメンタリー・フィルム Man on Wire『マン・オン・ワイヤー』にての[かねてよりフィリップ・プティのことをパリの大道芸の現場をたまたま視て「識っ」ていたツインタワー出入りの保険会社社員]がツインタワー偵察活動をなしていたフィリップ・プティ(往時、世界的知名度とのことではまったくマイナーなフランス人芸人であり、かつ、その顔もさして特徴的なものではないとの向き)を何故なのか「視認」して、プティに声がけし、プティのゲリラ的綱渡り作戦のことを報されたうえで仲間に引き入れられたとの内容を目にした段階で『このような世界でこのようなことが[偶然]としてあるとでもいうのか.馬鹿にでもしているのか』と思ったものではあるが、ここではそうした属人的目分量のことは問題にせずに純粋なる記号論的一致性のことのみを問題視する)。

 さて、ここまで呈示してきたことらから

[60年代のアーサー・クラーク作品である 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』にあっての表題にみとめられる[2001年]という年次は現実世界で[二つの塔]が崩された年次である]

[アーサー・クラークの 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』映画化作品(の評論)にあっては同映画に【[二つの塔]と結びつく[フリードリヒ・ニーチェに由来する道化師と綱渡りのエピソードの寓意]】が込められているとのことが「一般論として」語られもしている(語られるべくして語られている)とのことがある]

[『2001年宇宙の旅』登場よりさらに時を遡っての50年代、その50年代のアーサー・クラーク作品である THE CITY AND THE STARS『都市と星』では道化師(Jester)に由来する[双子状のビルの頂きの綱渡り]の寓意が登場を見ているとのことがある.そして、それは映画版の 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』に関して(リヒャルト・シュトラウスの歌曲『ツァラストラはかく語りき』の使用ありようとも関わるところとして)[[道化師]と[二つの塔]と[綱渡り]の各要素とも結びつくフリードリヒ・ニーチェ『ツァラストラスは語りき』に見る寓意譚]がそこに影響しているとの言われようがなされているとのこととの関係性を想起させるとのことでもある]

[(以上の各事実らとの関係性が顧慮されるようなところとして)『2001年宇宙の旅』が世に出た「後の」70年代にあって入念な準備をなしてツインタワー(2001年の事件で崩されたツインタワー)にあってのゲリラ的綱渡りを70年代に敢行した曲芸師(フィリップ・プティ)の一党がいた ―彼らのことは広く取り上げられている― ]

とのことが指摘できるようにもなっている。

 であるから、

「アーサー・クラークの作品にあっては元より911の事件との関係性が想起できるようになってもおり(事実関係から純・記号論的にそうも想起できるようになっており)、それが【偶然】の賜物なのか、でなければ、【恣意】、すなわち、【一作家を傀儡(クグツ)Puppetとして運用していた ―クラーク自身が『都市と星』にて持ち出しているような wheeled robots[おそれなくもツインタワーの間を綱渡りする車輪付きロボット]のようなものにされていた― と解されるような尋常一様ならざるところに由来する【恣意】の賜物なのかが問題になる」

とのところとなっている。

 以上の事由より

[クラーク小説 Rendezvous with Rama『宇宙のランデブー』にあって【9月11日との日付と77との数字(が入れ込まれての年数)とが結びつけているとのこと】が見受けられるとのそのことについては[確率論的偶然]( only co-incidental )で済まされるのかとの「?」マークを付ける式だけではおよそ済まされぬとのレベルでの疑義を呈さざるをえない]

と申し述べるのである([深刻に疑義がある]とのことについては当該問題が[生き死にに関わること]であるのならば、無論、[正気の人間ら ―ゾンビないし機械「ではない」との正気の人間ら― が無視せぬことであろうとのこと]と同義ともなる)。

(巨匠とされる小説家アーサー・クラークを巡るやりように関する話には間を得ずに回帰するが、一端、別の方向に視点を向けて)さらにここ[補ってもの表記部]にあっての話を続ける。

 911の事件 ―ワールド・トレード・センターが強襲されたとの事件― および77との数の間に結びつきがある、とのことに関しては次のようなことが指摘できるようになって「も」いる。

[南アフリカにあって【ヘイト・クライム】の類をこととする白人至上主義の人種差別団体 ―白人以外を神に認められぬ劣った者として指弾するとの筋目の団体― として Afrikaner Weerstandsbeweging[アフリカーナー抵抗運動]なるものがある。頻繁にテロ活動をなしてきたとの同団体の組織表象シンボルは[ナチスシンボルと777との数値を結びつけたもの]となっている。同団体によると「777は神ヤハウェを指し、666にて表象されるアンチ・キリストに抗する神聖なる数である」とのことになるらしいが、そうもした団体が南アフリカにある世界貿易センター(ワールド・トレード・センター)を1993年に強襲しているとの事件を起こしている(1993年6月25日に発生した Storming of Kempton Park World Trade Centre[ケンプトン・ワールド・トレード・センター強襲事件]として知られる事件を起こしている)。ここでも(911の事件が発生するおよそ8年前のことであるわけであるが)[ワールド・トレード・センター World Trade Center]と[77](より正確には[777]を神の神聖数として尊崇視する団体)が結びついている]

 表記のこと、777を掲げる白人至上主義的極右によって(南アフリカの方の)ワールド・トレード・センター・ビルが襲撃されていたことについて常識の世界での言われようを引いておこう。

(直下、英文Wikipedia[ Afrikaner Weerstandsbeweging ]項目よりの掻い摘まんでの引用をなすとして)

The Afrikaner Weerstandsbeweging (Afrikaner Resistance Movement) (AWB) is a South African far right separatist political and former paramilitary organisation, since its creation dedicated to secessionist Afrikaner nationalism and the creation of an independent Boer-Afrikaner republic or "Volkstaat/Boerestaat" in part of South Africa. In its heyday in the 1980s and 1990s, the organisation received much publicity both in South Africa and internationally as a white supremacist group.
[ . . . ]
During the negotiations that led to South Africa's first multiracial elections, the AWB threatened all-out war. During the Battle of Ventersdorp in August 1991, the AWB confronted police in front of the town hall where President F W de Klerk was speaking, and "a number of people were killed or injured" in the conflict. Later in the negotiations, the AWB stormed the Kempton Park World Trade Centre where the negotiations were taking place, breaking through the glass front of the building with an armoured car.
[ . . . ]
The AWB flag is composed of three black sevens (forming a triskelion) in a white circle upon a red background. According to AWB, the sevens, 'the number of JAHWEH', 'stand to oppose the number 666, the number of the anti-Christ'. Red is considered to represent Jesus' blood, while black stands for bravery and courage. The inner white circle symbolises the "eternal struggle", or according to other sources "eternal life". The flag bears a resemblance to the Swastika flag used by the Nazi Party and Nazi Germany.

(訳として)
Afrikaner Weerstandsbeweging[アフリカーナー(オランダ系を主体とする白人)抵抗運動]ことAWBは南アの極右分離主義政治組織であり、従前は半・軍事組織としての顔を持っていたとの団体であり、アフリカーナー(オランダ系白人)の南アからの分離、ボーア系アフリカ人の独立した国家、いわゆる、Volkstaat/Boerestaatの創設を設立時からして訴えてきたとの組織体である。その80年代から90年代の絶頂期にあっては同組織は南アおよび国際的なレベルで[白人至上主義組織]として相当程度の知名度を誇っていた。・・・(中略)・・・ 南アにあって初の多人種参画型選挙に至るべくもの交渉の最中、AWBは[総力戦]を執り行うことを(威圧的に)示唆した。1991年8月に発生したヴェンタースドロップの闘争の渦中にあってはAWBはデクラーク大統領が演説なしていた市庁舎の前で警官グループと衝突、その過程で[多くの人間]が死傷した(とも言われている)。交渉の後の段階にあってはAWBは交渉が行われていたケンプトン・パークにあるワールド・トレード・センターを強襲し、装甲車でもってワールド・トレード・センターのガラス張りの部を強行突破した。・・・(中略)・・・AWBの旗は黒で書かれた3つの[7](トリスケリオン;鉤十字に親和性が近いとされる三つ巴紋)、すなわち、[ヤハウェ(一神教の唯一神たる神)を意味する数][アンチ・キリストの数たる666に抗ずる数値として成り立っているもの]と主張しているところの3つの[7]、そして、赤地に白い円から成り立っている。(7の字の配色である)黒が勇敢さ・度胸を指す一方で赤はキリストの血を指すとされてもいる。白い円は永遠の闘争を指す、ないしは、他の資料では永遠の命を指すとされている。そうもしたAWBの旗はナチ党およびナチスドイツにて用いられた鉤十字(スワスティカ)旗との類似性を帯びてもいる」

(引用部はここまでとしている)

 以上のように77(転じての777)を表象に掲げるテロを起こしてきた暴力的極右が「南アの」ワールド・トレード・センターに突入している(飛行機に比してはグレード・ダウンしているが、 armoured car装甲車で壁面に突入している)とのことで[77]とかの[飛行機突入事件]との関係性が観念されもするようになっている(下に呈示の図を参照のこと)。

 上のこと、指摘したうえでアーサー・クラーク ―(既述のように代表作『宇宙のランデヴー』にて[2077年との年次]と[9月11日との日付]を結びつけていたSF小説界の巨匠たる作家にして、かつ、代表作『2001年宇宙の旅』映画版とその他の同人物作品らが【「共通の」ニーチェにまつわる寓意】を介して2001年という年次】【ツインタワーにての綱渡りと(2001年に911の事件が起きる「前」から)相通ずる形態の作品となりもしているとの作家)― のことに話を回帰させもし、[911(の事件)と77(という数値列)の結びつき]については次のようなことまでもが「ある」とも指摘しておく。

(以下、箇条書き形式にての表記をなすとして)

・アーサー・クラーク小説『宇宙のランデヴー』にては20「77」年「9月11日」に地球に巨大隕石が衝突したとの粗筋が具現化しているわけではあるが、著名な同小説のそうした描写を受けて現実世界にて
[スペースガード]
という[小惑星(アステロイド)の地球衝突に備えるべし]との運動が興ったとのことがある、そして、同運動は現時点でも継続しているとのことがある(下に典拠を挙げておく)。


[上のことについての出典表記]

アーサー・クラーク著作『宇宙のランデヴー』に見る2077年の出来事がスペース・ガードとの一連の試み(危険視される小惑星体を早期発見、にまつわっての警告をなそうとの試み)の由来となっていることについては世間一般での周知のなされようについてウィキペディア程度の媒体よりの引用をなしておく。

(直下、英文Wikipedia[Spaceguard]項目にての現行記載内容よりの引用をなすとして)

The term Spaceguard loosely refers to a number of efforts to discover and study near-Earth objects (NEO). Asteroids are discovered by telescopes which repeatedly survey large areas of sky. Efforts which concentrate on discovering NEOs are considered part of the "Spaceguard Survey," regardless of which organization they are affiliated with. A number of organizations have also raised related discussions and proposals on asteroid-impact avoidance. [ . . . ] Arthur C. Clarke coined the term in his novel Rendezvous with Rama (1972) where SPACEGUARD was the name of an early warning system created following a catastrophic asteroid impact. This name was later adopted by a number of real life efforts to discover and study near-Earth objects.

(訳として)
「スペース・ガードとの語句はおおよそとしては地球接近物体(ニア・アース・オブジェクツ:NEO)を発見・研究しようとの一連の試みのことを指す。といった試みにあって小惑星(アステロイド)らが宇宙(そら)の広範囲領域の継続しての調査をなしている天体望遠鏡にて発見されている。関連する組織が提携関係にあるかに関わらず、ニア・アース・オブジェクツを発見するのに専心しての試みは[スペース・ガード調査]の一貫をなすものであると考えられている。多くの組織体が小惑星に由来する衝撃回避にまつわっての議論・提案を提起してもいる …(中略)… アーサー・C・クラークがその小説『宇宙のランデヴー』(原題 Rendezvous with Rama『ラーマとのランデヴー』)にて(小説架空世界の)小惑星体衝突に起因する破滅的事態に続いて生み出された早期警戒にまつわるところのものとして[スペース・ガード]との語句を案出した。このクラーク由来の呼称がニア・アース・オブジェクツを発見・調査しようとの現実世界での[数多くの試み]に後に当てはめられるようになった

(訳を付しての引用部はここまでとする)

(直下、英文Wikipedia[ Rendezvous with Rama ]項目にての現行記載内容よりの引用をなすとして)

Clarke invented the space study program which detects Rama, Project Spaceguard, as a method of identifying near-Earth objects on Earth-impact trajectories; in the novel it was initiated after an asteroid struck Italy on 11 September 2077, destroying Padua and Verona and sinking Venice.
A real project named Spaceguard was initiated in 1992, named after Clarke's fictional project.

「クラークは(小説内にて)ラーマ ―作中の移動型スペースコロニーのこと― を特定化することになった宙域探査挙動として地球に衝突しうる軌道にあるニア・アース・オブジェクツを特定化する挙としてのスペース・ガード計画](なる作中設定)を考案しており小説内では同計画は2077年9月11日にあって小惑星体がイタリアに直撃、パドヴァ、ヴェロナを崩壊なさしめ、ヴェニスを海中に没せしめたとのその後に発動されたものである(との設定が採用されている)。
フィクションならぬ)現実世界にあってはアーサー・クラークの架空の計画から命名されてのスペースガードと名付けられた計画が1992年に始動を見ている

(訳を付しての引用部はここまでとする)


(箇条書き表記を続けるとして)

・直上引用部からもお分かりいただけるように、大御所作家アーサー・クラークが
【現実世界での小惑星体探査計画のありよう(その呼称)】
に影響を与えることとなった
【スペース・ガード(計画)】
なる語を七〇年代に世に出た彼の小説にあっての設定まわりのところで「(フィクションでの)2077年9月11日の天体衝突にまつわるものとして」生み出しもしているとのことはその方面でよく知られているわけである (:にまつわって不思議ではならないことなのだが、クラーク小説『宇宙のランデブー』から多大な影響を受けたとのことであるスペース・ガード活動関係者らなどにあっては、1.クラークが(スペース・ガードの造語につながった部で)77と日付9月11日を結びつけている作家である2.先の911の事件では77との結びつきが多くみとめられた3.クラークの小説には(先の911の事件が起こった)2001年を表題にしている『2001年宇宙の旅』が(六〇年代末葉の)代表作として含まれている、 以上三つの単純なよく知られた事実関係の把握から【考えて然るべきようなことがそこにある】と想像がついてもおかしくはないのにも関わらず、クラークの(スペース・ガードを77と9月11日を結びつけている)Rendezvous with Rama『宇宙のランデブー』にまつわっての問題事を指摘するような人間だにこの世界には目立ってみとめられないはしない、というより、まったくもってみとめられはしないとのことがありもする ―ただし、これから薄っぺらい指摘をなす者が出てくる可能性はあるにはあるかとも見るが― . だが、[臆病ゆえの黙過・閑却(見て見ぬふり)]なのか、あるいは、[同輩存在の内面および世それ自体のいかんともしがたい空虚さに対する諦観]なのか、あるいは、[自由に思考する脳がそこに不在の状況を見ているとのありようのあまねくもの該当]がゆえなのか、分かりはしないが、指摘をなす者がまったくもって僅少である、まったくもっていないとのことは[指摘対象となる(なすべき)ようなこと]が事実ではないとの保証にはなんらならない。そして、実際にクラークの作品にはここまで指摘してきたようなツインタワーの間の綱渡り(現実世界にあって曲芸師フィリップ・プティが実演したツインタワーでの綱渡り、それに先駆けてのツインタワーの綱渡り)】【2001年との年次の両二点に一箇所で結びつく ―頭がきちんと働いている人間であるのならば、【ツインタワー】と【2001年】との年次がかの事件の発生の前に結びつくようになっていることが何故、予見的やりようとなるのかは分かろうかとは思う― ような特性がみとめられもするとのことは(残念だが)[事実]となっている、そう、属人的主観や解釈によって有為転変するような話「ではない」との[事実]となっている(語るに値しないとの相応の者ら、システムに飼われてゴミを撒いているような手合いなどがこととする愚にも付かぬ印象論など「ではない」とのこと、すぐに確認できるところとしての[事実]である)。 そして、その意で問題となるクラークの問題となる『2001年の宇宙の旅』(フリードリヒ・ニーチェの「人間「とは」【深淵;アビス】を渡る動物と超人の間にある綱である」といった申しようの寓意と結びつけられていることが知られる作品)に関しては同作小説版にあっての【時計が止まる部のスターゲイトの描写】、【人間の進化がそこにいきつくところと示唆されるスター・チャイルド(一種の超人)誕生にまつわっての描写】でもあるとのその箇所が一部物理学者(物理学者ポール・ハルパーン)によって【ブラックホール】と結びつけられているとのことも本稿にての補説1と振っての部の末尾にては既に解説をなしている ―※映画版よりも微に入って描かれている「小説版の」『2001年宇宙の旅』の【(超人に進化していく)スターチャイルド関連の描写】にあっての【時計の時針の停止】がいかにもってしてブラックホールと結びつくかとされているのかについては本稿にあっての補説1の末尾の段にあっての Cosmic Wormholes: The Search for Interstellar Shortcuts(邦題)『タイムマシン――ワームホールで時間旅行――』よりの引用部をとにかくも参照いただきたい次第である― )。
 さて、アーサー・クラークは七〇年代の Rendezvous with Rama『宇宙のランデブー』刊行後、
【地球に対する小惑星体衝突を回避するための決死の試み】
を描いた小説作品を1993年、奇しくもクラーク由来のスペースガードが現実世界の挙動とリンクしだした1992年の1年後に世に出している。
 その作品の表題が
The Hammer of God『神の鉄槌』
となる。
 同小説『神の鉄槌』に関しては ―無論にしてそれもまた容易に確認できるところの文献的事実の問題として― 次のような内容が具現化している。

小惑星体が地球に衝突しようとしていた。そうもした状況を回避するためにそちら小惑星体にランデヴー(接地)、そこにマス・ドライバー(衛星軌道上に物資を搬出するための構想過程にある超巨大装置)を据え置いて小惑星体の軌道をそらせようとの人類の存亡を賭けた計画が実行されることになる...

 以上表記の The Hammer of God『神の鉄槌』(1993)の内容にまつわって「まずもって問題になるのは、」当該小説で地球に破滅を与える存在として肉薄してきている小惑星体の軌道を逸らすために用いられているマス・ドライバーの名称が[アトラス]となっているとのことであり(作中にて[アトラス計画]なるものの帰趨が主軸をなすとのこととなっている)、そこにいうアトラスの名称を振られてのマス・ドライバーが
【加速器と同様の機序(ローレンツ力)を利用してのもの】
であるがゆえに、小説『神の鉄槌』は
【(加速器に通ずるものたるマス・ドライバーの)アトラスによる人類救済計画を主眼と据えての作品】
とも言い換えられるようになっていることである。


[上のことについての出典表記]

 小説『神の鉄槌』の粗筋が[マスドライバー・アトラスによる人類救済計画を主眼と据えての作品]であることの典拠としては同作品についての和文ウィキペディアの解説のなされようを引いておく。

(直下、和文ウィキペディア[神の鉄槌]項目にあっての「現行にあっての」記載内容 ―後に細かい部分で編集がなされて異動が発生する可能性もあること、断っておく― よりの引用をなすとして)

神の鉄槌(かみのてっつい、原題 "The Hammer of God")は、アーサー・C・クラークが1993年に発表したSF小説。西暦2109年を舞台に小惑星衝突の危機が描かれている。
…(中略)…
8か月後に地球へ衝突する軌道を取っていることが確認されたその小惑星はカーリーと名づけられ、宇宙船ゴライアス号の船長ロバート・シンがカーリーの軌道を地球から逸らせる『アトラス』作戦を拝命した。一方、地球では「神の声を受け取った」とする宗教団体クリスラム教が、カーリーの衝突を前に月の裏側の送信機から仮想現実技術を使ってシリウスに自分たちを送信し、永遠の命が得られるようになると喧伝していた。準備が整ったゴライアス号はカーリーとランデブーし、小惑星対策用に設計されたマスドライバー『アトラス』を設置した。アトラスの推進力によってカーリーの軌道を変えるはずだったが、クリスラム教の工作により、アトラスの推進タンクを破壊されてしまう。作戦を遂行する手段を失ったかに思えたが、ゴライアス号のセントラル・コンピュータ、デイヴィットによってゴライアス号の推進力をマスドライバーの代わりに利用することが提案された。

(引用部はここまでとする ―宗教的狂人たる手合い、シリウスを崇めるような類が人類の破滅を確定させんとしていることを描いている作品でもある『神の鉄槌』あらすじにまつわっての引用部はここまでとする― )

 次いで、クラーク小説内で[アトラス]との名称を付されているマス・ドライバー(惑星外に向けて物品を射出輸送するとの巨大機構)というものが[加速器]と相通ずるものであることについてであるが、同じくもの点に関しては長大な本稿にての前半部、にあっての

出典(Source)紹介の部26との典拠紹介部]

で基本的な事柄として紹介している (:別個に[巨大な円形のレール上を回りながらレールガンの原理を利用して加速し、第一宇宙速度に達した時点で発射用のレールに入り打ち上げられる.この方法は約2000Gの加速度がかかるため精密機器を除く物資の輸送に使われるものと思われる]といった言われようや[レールガン (Railgun) とは、物体を電磁誘導(ローレンツ力)により加速して撃ち出す装置である]といった言われようを引用なしたりしながら、である)。
 であるから、疑わしきにあってはその部の内容を確認されたい ――端的に述べれば、物品を加速・射出するマス・ドライバー Mass Driverとはレールガン[電磁投射砲]と同様の作用機序(ローレンツ力 Lorentz Forceローレンツ力を応用しての作用機序)で動いているとのものともなり、となれば、粒子を加速させ軌道を曲げるためにそちらローレンツ力を用いているとの加速器 Particle Acceleratorと同一の機序で動いているとのことである―― 。


・アーサー・クラークの小説『神の鉄槌』がマス・ドライバーのアトラス、すなわち、[加速器に通ずるもの]であるアトラスによる地球救済を描く作品であることは直前言及したとして、である。反対話法の問題として次のようなところが当然に(本稿の従前内容から)想起されるとのことがある。

i.本稿にての既述事項として)小説『神の鉄槌』の刊行一年前の1992年にCERN(欧州原子核研究機構)関係者らが未だ正式始動していなかったLHC建設計画に関わるものとしてATLASとの名称を決していたとのことがある。そして、後にLHCの一部をなすものたる検出器ATLASにて[極微ブラックホール](実験関係者ら曰く科学の進歩に資する即時蒸発を見る安全な極微ブラックホール)らが[観測]されるとの可能性が「ここ10数年にあって」前面に押し出されるようになったとのことがある(本稿前半部出典(Source)紹介の部35にてCERNの公式サイトの内容を挙げて紹介してきたことや本稿前半部の摘示事項らを参照のこと)

ii.小説『神の鉄槌』でマス・ドライバーのアトラスにてその衝突阻止が企図されているとのカーリーとはインドのヒンドゥー教における女神カーリーの名から採られており、女神カーリーの本来の語源は[黒きもの; the black one]であるとの説明が広くもなされているとのことがある (目立つところでは例えば、英文Wikipedia[Kali]項目にて The name Kali comes from kāla, which means black, time, death, lord of death: Shiva. Since Shiva is called kāla - the eternal time- the name of kāla, his consort, also means "Time" or "Death" (as in "time has come"). [ . . . ] Kālī is the feminine form of kālam ("black, dark coloured").カーリーとの名はカーラ(Kala)、[黒][時間][死][死の君主]との意味合いを持つ同語に由来している.(ヒンドゥーの主要神格の)シヴァが[永遠なる時間]とのカーラと呼ばれているがゆえに彼シヴァの配偶者であるカーリーもまた(来るべき時にあっての)[時間][死]とも言われているのである…(中略)…Kālīは黒・暗色を呈したとの意味合いの語kālamの女性形でもある」(訳を付しての掻い摘まんでの引用部はここまでとする)との記載がなされているところである)。 他面、小説『神の鉄槌』にてマス・ドライバーのアトラスは同作作中にて[シリウスと意思疎通している][シリウス人がもうすぐ人類を高次の世界にいざなってくれる]との妄信を[脳機序拡張装置](作中、[ブレインマン]と呼称される非侵襲性、すなわち、メスを用いないで着脱可能なブレイン・マシン・インターフェース(ブレイン・マシン・インターフェースが何たるかは本稿にての先立っての段で解説なしている)のことを指す)を介しもして抱いている人類最大のカルト宗教にて爆破破壊されることになるとの描写がなされる(上に引きもした「現行の」和文ウィキペディア[神の鉄槌]項目よりの引用部、その後半の箇所を参照のこと)。 さて、[シリウスを奉ずるカルト宗教]との点についてはシリウスが[その伴星がブラックホール提唱の端緒となった天体]となっている ――シリウスとブラックホールの関係についての典拠については「不快極まりないフリーメーソンの象徴体系とも通ずるところとして」本稿補説3の部にて膨大な出典情報(e.g.出典(Source)紹介の部96にての Empire of the Stars Friendship,Obsession and Betrayal in the Quest for Black Holes(邦訳版タイトル)『ブラックホールを見つけた男』などの内容)を提示している―― とのことがあるために【[その伴星(シリウスB)がブラックホール提唱の端緒となった天体]を奉ずるカルト宗教と言い換えられることができる。純記号論的に、である。 まとめれば、小説『神の鉄槌』とは[【黒き者】と同じ意味合いの存在(小惑星カーリー)に由来する災厄を【アトラス】(と名付けられたマス・ドライバー)で避けようとしたが、【そちら伴星がブラックホール提唱の端緒となった天体(シリウス)】を奉ずる「ブレイン・マシン・インターフェースで脳拡張なされた」カルト宗教成員の妄動によって【アトラス】が(人類の危機的状況にあって)爆破破壊されることになった]とのことを描く作品ともある(いいだろうか.[アーサー・クラークの【2077年と9月11日を結びつけてのやりよう】が関わるところの七〇年代小説『宇宙のランデブー』にあっての破滅的小惑星体の地球接近]と同じくものことをモチーフとしている1993年作品でそういう設定が採用されているのである)。

iii.本稿のこここれに至るまでの流れとあわせて上記のi.及びii.のことを把握なせば、何が[危険なる寓意]と相通ずるところなのか、分かろうものとは思うのだが、一応、述べれば、次のことが問題になる。

本稿の主軸となる指し示し事項は「どういうわけなのか」[911の予見事象]から[ブラックホール生成をなしうると近年、主張されだした加速器実験]に至るまでに共通の命名規則 ―[アトラス]に関わるところの共通の命名規則― が揃い踏みで「相互に連関をなすように」伴っているとの[事実]そのものとなる。 さて、アーサー・クラークの小説『宇宙のランデヴー』は[2077年9月11日の悲劇なる事態 ―先立ってそれが何故、911の予見描写としての意味合いを持つかについて解説なしてきたとの事態― ]と[スペース・ガード計画なるもの]が結びつけられて小惑星衝突に対する対処策が描かれている作品となるが(といった描写がまた90年代の現実世界でのスペースガード構想とも結びついているとのことが知られている作品となるが)同一作家クラークの(同じくもの)小惑星衝突を描いた90年代に入ってからの別作品(『神の鉄槌』)では加速器と同様の機序を具現化してのマス・ドライバーである[アトラス]が重要な意味合いをもって持ち出されている。ここにて「も」【911の予見事物と加速器関連事物とアトラスの関係性】が見てとれるようになっている(問題はそれが[偶然による一致]か[恣意的な示唆行為の発露]なのかであるとしつつものこととしてそうした関係性が見てとれるようになっている)」

 以上でもって【77と911の繋がり合い】から押し広げて何が述べられるのかにまつわっての「長くもなっての」[さらに補ってもの表記]を終えることとする。

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直下、本稿冒頭部へのリンクを設けておく

(⇒冒頭頁へは下の部より)

[典拠紹介部第1頁 加速器実験に伴う欺瞞性から証示なせることについて]

 上掲なしているのは19世紀後半から20世紀前半にかけて活動の著名な挿絵家アーサー・ラッカムが英訳・再刊行されたワーグナーの原作歌劇 Der Ring des Nibelungen『ニーベルングの指環』 (英文通用化タイトルとしては[指輪]一語の The Ringとも呼称される歌劇) の書籍化バージョンに提供しもしていた挿絵を挙げたもの、より具体的には挿絵家ラッカムが『ニーベルングの指環』序盤部をなすパート、 Das Rheingold『ラインの黄金』のために作成・提供していたとの画を挙げたものとなる (ただ当媒体では同画に多少の演出を施している) 。

 さてもってして、挿絵に見る女、というより、人ならざるところの[女神]はイドゥン(Idunn)という存在を(音楽界の巨匠と認知されている)『ニーベルングの指環』作曲者リヒャルト・ワグナーがフライヤ(Freia)との名前で焼き直しなし、登場させているとの存在なのではあるが、イドゥンにせよ、Wagnerが登場させた(画に見る)フライヤにせよ、北欧神話における不死の果実であるところの【黄金の林檎】と紐付けられた存在となっている(彼女ら女神達は【黄金の林檎の管掌者】となる)。 
 そうもした黄金の林檎と紐付いての彼女ら(イドゥン/フライヤ)は、いわば、神々に瑞々(みずみず)しき【不死】を(若さ約するとの)【黄金の林檎】を介して供給しているとの設定の女神となりもし、そして、彼女らの管掌する【黄金の林檎】が北欧神話多神教の神々に最早若さを与えなくなったとのその時点が【終末のはじまり】であると描写されてきたとのことがある (:【終わりの始まり】が黄金の林檎にて供給される若さの喪失と結びついていると描写されるのはワグナー歌劇にせよ、北欧神話それ自体も同文のこととなる ――ワグナー歌劇では序盤より【黄金の林檎(とフライヤ)の担保する若さの維持】が【無限の力を蔵する指輪の保持】と一時的に秤量されるのだが、結局、【黄金の林檎】と比較された指輪を欲する強欲な心(による人界の操作)が世界の終末に繋がると描写される。他面、ワグナー歌劇より遙か前から存在していた北欧神話では(それを収めたエッダ詩の訳書を借りるなどしてもよかろうしウィキペディアの[イズン]関連項目などをご覧戴くのでもよかろうが、易くも確認できようところとして)神々の最終決戦であるところのラグナロクとされる終末局面にあって黄金の林檎によって担保されていた不老は停滞を見、老化が始まると描写される―― )。

 ここからが問題なのだが、本段、脇に逸れての訴求部にあってまわりくどくもの口上にて上の如きことを引き合いに出しているのは本稿にあって【次のこと】らを【黄金の林檎】との兼ね合いで(具体的根拠と共に)訴求している ―(画に見るイドゥン・フライヤにも関わるところとして訴求している)― からである。

黄金の林檎 ―それは北欧神話から離れてのギリシャ神話ではトロイア戦争の原因、すなわち、城塞トロイアの崩壊の元凶でもある(本稿の前半部にあって古典よりの原文引用でもってして典拠紹介のこととなる)― が【人間の終末】に関わるとの指摘がなせるようになって「しまっている」、しかも、それ(黄金の林檎)がブラックホール生成との兼ね合いで古今東西にまたがっての文物を介して【人間の終末】に関わるとの指摘が濃厚になせるようになって「しまっている」とのことが現実にある (:現況現在執り行なわれているLHC実験にあって「科学の進歩に資する」とされてのブラックホール生成可能性と紐付けられてきたディテクター(検出器)の名前が【黄金の林檎】の在処を識る巨人アトラスの名を冠する ATLAS Detectorとなっているとのことが確とある一方で黄金の林檎と接合するエデンの禁断の果実を用いての誘惑者の著名古典に見る描写が(それ自体、奇怪奇矯なることなのではあるも)今日的な視点で見た場合のブラックホールの近似的描写と紐付いている、そうしたことがそれこそ山となり、それら山とあることらが相互に多重的に接合しているとのこともが「ある」)。

・上掲図の元となっているワグナー歌劇『ニーベルングの指環』は【黄金の林檎】(を管掌する女神)と【無限の富(力)を約する指環】の取引が序章の部より描かれているのだが、(黄金の林檎を管掌する女神と秤量されての)【指環】の取得に固執した者らが強欲さゆえに次々と滅亡していくさまが同歌劇では描かれる(:その一番はじめの描写は『ニーベルングの指環』前半部にあっての【黄金の林檎】管掌者たるフライヤを略取、彼女フライヤを【指輪】との取引の具とした巨人ファーフナーとファーゾルドの兄弟が殺し合いをはじめるとの部となる)。 そのことは現実世界で「黄金の林檎と接合している」とのかたちとなっている巨大なリング状の装置、加速器ラージ・ハドロン・コライダーが【指輪;リング】に仮託される風が一部ある (『ニーベルングの指環』の影響下にあるJ.R.R.トールキン原作のロード・オブ・ザ・リング『指輪物語』に登場の冥王に由来する指環と結びつけられるなど加速器LHCが【指輪】に仮託される風が実験関係者含めて見受けられる) とのことと平仄が合うにも程があろうとの筋合いのことともなる (:ただ現況もってして、同じくものことを問題視する人間はまったくいない(心ある向きには是非とも確認いただきたいところなのだが検索エンジンで英文単語を何語か入れて当たりをつけんとしてみても【リングと黄金の林檎の結びつき】を加速器との関係で目立って問題視するような向きはこの世界にはいない))。

・上にて先述のように【ギリシャ神話におけるトロイア崩壊の元凶】「でも」あるとのゴールデン・アップルがそれ(黄金の林檎)に関連する事物ら(巨人ATLAS「など」)を介してブラックホール生成をなす可能性があるとの加速器 ―巨大な【リング】でもある― と結びつくとして、である。 現在にあって巨大加速器実験を実施している「研究」機関ら、および、そちら「研究」機関らに携わっていた初期の紐帯がどうやって世に生み出されたのかもがワーグナーの『ニーベルングの指輪』に通ずる側面がある。 どういうことか。 現況、加速器実験を執り行なっている主たる研究機関ら(それら研究機関らは、と同時に、ブラックホール生成可能性に伴うリスクとの観点で中途半端に海外で法廷に引きづり出された研究機関ら「でも」ある) はその沿革上、
【マンハッタン計画の子供ら】
となっているとのことがある ―同じくものことは長大な本稿本文の部にあって(入念を心掛けての)指し示しの対象としていることでもある― のであるが (:またもってして核分裂の過程に通ずる原子核人為破壊を兵器転用なそうとしたとのマンハッタン計画にあっての挙、そちら核兵器を製造するプロセスと加速器実験にての原子核人為破壊のプロセスは同一方向のベクトルを指している ―無論にして同じくものことの典拠をも本稿本論部で入念に挙げている― )、 マンハッタン計画と今日の加速器実験(におけるブラックホール生成に通ずる挙)の縁(えにし)の深さはそれ以外にも濃厚に認められるとのことがある(たとえば円形加速器という装置をそもそも生み出した者達がマンハッタン計画の主導者となっていたとのことがある等々)。
 そうもした(加速器実験運営機関を生み出した)マンハッタン計画始動の原因になっているユダヤ系の迫害の挙に出たナチスのやりよう・躍進・劫略のプロセスはワグナー歌劇『ニーベルングの指環』と濃密に結びついているとのことがある(『指環物語』作者ワグナーがユダヤ系の向きらにあって反芸術・野蛮の象徴である忌避すべき象徴とされてきたのはナチス第三帝国およびその領袖ヒトラーが反ユダヤ主義を大っぴらに喧伝していたリヒャルト・ワーグナーを最大限重要視していたとの歴史的事実があるからであり、たとえば、ナチスの実行してきた非道なる命令体系、占領統治下の反体制派・レジスタンスを夜陰に乗じて密やかに処分することを目しての行政命令であるところのナハト・ウント・ネーベル( Nacht und Nebel )、【夜と霧】行政命令 ―日本では Man's Search for Meaningとの原題を有した心理学者ヴィクトル・フランクルの書籍の「邦題」として識られている語でもある【夜と霧】(収容所が絶滅収容所へと変遷していく画期を象徴する語であるとも認識されている)― などはワグナーの『ニーベルングの指環』に由来しているとのものとなる ――※ウィキペディア[夜と霧]項目などにおいても簡明な解説がなされてはいることだが(であるから疑わしきはその程度の媒体からでも確認いただけるであろう)、ナチスドイツが欧州にて反対派を掃討するための共通規則とした【夜と霧】命令はヒトラーが愛聴していた、そして、ナチス体制下の国家芸術の象徴として扱われていたリヒャルト・ワグナーの『ニーベルングの指輪』、その『ラインの黄金』にあっての一幕(の中の[ニーブルヘルム]の下り)にて侏儒(ドワーフ)のアルベリヒが隠れ頭巾を用いて姿を消す際に口にする台詞、「夜と霧になれ、誰の目にも映らないように.」に由来しているとのことが知られている(にまつわって述べておけば、【夜と霧の呪文】を唱えたドワーフ・アルベリヒは強欲さの象徴でもあり、絶大な力をもたらす【呪いの指環】そのものを生み出した存在でもあるとワグナー歌劇では設定付けがなされているキャラクターである)―― 。

 以上のことはそれだけを読まれる限りは何が問題になるのか判じがたいとのこととなろうかとは(当然に)思うのであるが(理解を阻む詰め込み過ぎの風もあったかと脳裏をよぎりもしている)、同じくものことにまつわっての指し示しを細々となしもしている、また、そこからさらにもってして何が述べられるのかの指摘を委細を尽くしてなしているとの本稿本論部をご検討いただければ、【ことの重篤さ】 ―重篤さというのは【執拗さ】の問題として何が企図されているのかに通じもしていることである― についてご理解いただけるか、と考えている。

当サイト内にあっての【各頁および各典拠への一覧方式遷移部】、及び、【PDF形式文書配布ページ】へのリンクを直下、設けておく

各頁および各典拠への一覧方式遷移部へは以下より


問題となる[「予見的」言及→実現]の体系についての[典拠紹介部]一覧呈示頁

PDF形式文書配布ページへは以下より


典拠解説媒体としての[一括PDF文書]の公開頁

ここ本頁内の記述内容を支える【「容易に後追い確認なる」「堅い」ソースを呈示しての出典紹介部ら】のうち、枢要なるものへの[遷移経路]を下に設けておく。 典拠について疑わしいとの部があれば、必要に応じて参照されたい (:クリックすることでブラウザ ―インターネット閲覧ソフト― の[別タブ(別枠)]にて典拠紹介部を表示( open "additional" tabbed window(s) of web browsers ))

[出典(Source)紹介の部28-3](浦島伝承と際立っての類似性を呈するケルト現象について詳説を講じての出典紹介部30-2以降の部)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第24頁 浦島伝承とOisin伝承の相関関係(古文献「文言」重視にて)

[出典(Source)紹介の部35]LHC実験とトロイア崩壊およびアトランティスの関係性を示す命名規則上のありようにまつわっての部LHC実験にあっては[(トロイア崩壊の因たる)黄金の林檎の在処を知ると神話が語り継ぐ巨人アトラス]の名前を冠する検出器ATLASおよび黄金の林檎の果樹園とも同一視されもするアトランティス]の名前を冠するディスプレイ・ウェアATLANTISによって生成極微ブラックホール捕捉をなしうるとの可能性が取り沙汰されてきたとのことについての出典紹介の部35)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第30頁 アトラス・アトランティスとLHC命名規則の繋がり合い

[出典(Source)紹介の部74]以降の部(竜宮とブラックホールの如きものが何故、【常夜】といった古典記述を介して結びつくと述べられるのかについての出典紹介部75-3)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第77頁 魔除けとしての五芒星について

[出典(Source)紹介の部96](シリウスBがいかようにしてブラックホール理論の開闢に関わっているのかについての典拠を挙げての典拠紹介部96)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第109頁 ブラックホールを見つけた男とされるチャンドラセカール

[出典(Source)紹介の部101]先に発生した911の事件は(飛行機が突撃したツインタワーのみならず)ワールド・トレード・センターに存在していたビル七棟がすべて倒壊したとの事件となる】、 【その中身が適正なものか否かはとりあえず置き、かつてそこにあったワールド・トレード・センターの第七ビルに関してはそれが発破倒壊 ―コントロール・デモリッション(ビルを炸薬を用いて一挙に破壊して解体処理する手法)― によって倒壊したのだとの申しようが専門家団体、[建築家団体]より呈されている】、 【911の事件が発生する「直前」、2001年7月にて、「アメリカで[アルカイダ]と[オサマ・ビン・ラディン]の犯行を名目にしての政府関係者筋による[自作自演のテロ]が起こされることを警告していた」との有名な論客が存在している】とのことらを各別に紹介しての典拠紹介部101の部)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第117頁 重大事件の先覚的言及と『使徒行伝』に見る占いの霊

[クラーク小説『2001年宇宙の旅』の問題性を扱っての本稿従前のセクション] (アーサー・クラーク小説 2001: A Space Odyssey『2001年宇宙の旅』が何故にもってして911の事前予見小説としての側面およびブラックホールへの言及文物としての側面両側面と結びつくと述べられるのかについて米国作家カート・ヴォネガットの著名作品 The Sirens of Titanとの兼ね合いでの【布石】としての解説をなしていた本稿従前の段のセクション)
の参照は直下より (クリックすることで当該の出典紹介部を別タブにて表示)


典拠紹介部第73頁 小説『タイタンの妖女』と他作品の接点(2)