歴史。伝承。神話。人類の歩んできた足跡上に存在するエニグマ(謎)

 
 

時空旅行者の物語群。それらに伴う信じがたい相似性について

 本記事では私の著作で多々、取りあげている[人類史に伴う類似伝承]の話の中から具体的数値を伴ったものを格別に取り上げ、紹介しておくこととする。この世界の"常識"がいかに胡散臭いものであるかを示すために、である。

 さて、ここで格別に取り上げることとした類似伝承(パラレリズム)は日本に伝わる[浦島伝承][アイルランドに伝わるオイシンという男の伝承]だ(両者を近代に描いた絵画は直下に抜粋。日本人画家と欧米人画家の絵だが、日本人画家の絵も敢えて洋画方式のものを選んだ)。 

 まずは有名な浦島伝承からだ。その伝承の原初的段階に浦島子を主人公とした『丹後国風土記(引用形態のみで現存)』掲載の物語がある。浦島伝説上、通念化している乙姫や竜宮の名はその中で語られることはないが、話の展開はおよそこうだ。
 「浦島子が釣り上げた亀は実は仙女の化身だった。その仙女に連れられ、浦島子はホウライこと蓬莱山(中国で不老不死の世界とされる)に辿り着く。そこで浦島子は仙人・仙女達との3年間の楽しい時を過ごすが故郷が懐かしくなり、故郷への帰郷を契りを交わした仙女に申し出る。それが受け入れられ、開封を厳禁された玉櫛笥(たまくしげ。玉手箱のこと)を渡されて故郷に戻る。が、そこでは300年が経過していることが判明。動揺の後、浦島子が玉櫛笥を開くと彼の若々しかった肉体は風に吹かれて飛ぶように失われてしまった(以上、『丹後国風土記』より)」。
 ここで、次の〔1〕〔4〕の点を記憶に留めておいていただけたら、と思う。
〔1〕浦島子は人外の存在 ―恋に落ちた女の形をとる― により不死の仙郷とされる蓬莱山に連れて行かれた。
〔2〕浦島子は蓬莱で3年間を過ごした。
〔3〕浦島子が蓬莱から帰郷したら300年が経っていた(伝承によっては700年というものもあるが、日本の浦島子伝承としては最古の部類に入る『丹後国風土記』収蔵のものでは三百年)。
〔4〕浦島子は禁を破ったため、若々しい肉体を失ってしまった(多少、隠喩的で、その後の記述はぼかされる)」。

 次いで、アイルランドに伝わる次のような伝承、ローマ時代から伝わる伝承とされ、改訂が重ねられて Acallam na Senorach『古老たちの語らい』などの中でキリスト教と習合した派生伝承が13世紀に至ってさえ語られていた有名な伝承があることに着目したい。
 「オイシン(Oisin)という若者がいた。彼は海の神([海]つながりで浦島子を想起させる)の娘、妖精のニアム(Niamh)に気に入られ、常若の国( Tir na nog。ティルナノーグ )、すなわち、不死の国 ―まるで蓬莱だ― に連れて行かれる。そこでオイシン3年間を過ごすが、故郷に帰る決意をする。その際、ニアムに白馬を与えられ、その白馬から足を離して、足を地につけてはならない、と警告される。その上でオイシンが故郷に帰ると300年が経過していた。オイシンは嘆息の中、事情あって地に足をつけてしまう。するとオイシンの肉体は老体に早変わりしてしまった」。
 オイシンにも浦島子の段で着目した4点のこと(上記〔1〕〔4〕)があてはまる。すなわち、「恋に落ちた女の形をとる人外の存在により不死の国に連れて行かれたこと(〔1〕)」、「そこで3年間を過ごしたこと(〔2〕)」、「帰ってみると300年が経過していたこと(〔3〕)」、「禁を破ったため若々しい肉体を失ってしまったこと(〔4〕)」という点が当てはまるのだ。

 上は偶然か?それこそ馬鹿な。そんな偶然が成立するはずがない。では"直接の"伝承伝播の類か?(以後の内容をスムースに読み解く上でのポイントは伝承伝播の前に"直接の"という前置きを置いていることである)。多分、それはない。いや絶対にない。よく考えて欲しい。アイルランドと日本の間に"直接的な"伝承伝播の関係が成立しうるであろうか?通説に従えば、日本はマルコ・ポーロが『東方見聞録』で14世紀の初頭に[ジパング]として始めて欧州に紹介したような国だ(虚偽でまみれた人類史に真正の書物としての『東方見聞録』なるもの、13世紀末からマルコ・ポーロによって執筆構想が練られていたという書物があったか分からないのだが)。それ以前は日本なる存在は欧州に全く知られていなかったというのが[常識]というやつだ(少なくとも、高等学校で世界史の授業を ―鼻くそをほじりながらでも、あるいは、授業中に睡眠学習にいそしみながらでも― 受けた者にとっては常識となるだろう)。その日本で8世紀に成立したとされる『丹後国風土記』と欧州の僻地、ケルト人 ―無論、言語学的に、そして、経済関係上、8世紀の日本とは縁もゆかりもない民族だ― の地アイルランドで「ローマ時代から語り継がれていた」という伝承の間に直接の伝承伝播があると思うだろうか。あるはずがないではないか。

 しかし、他に考えられることがないか。そう、東西に渡って浦島伝承、オイシン伝承に共通する伝承基盤があったり、その伝承基盤の存在を傍証するようなものが存在したりしているのではないか。すなわち、"間接の"伝承伝播があったのではないか。そして、調べてみると確かにそれらしいものがある。その中で一番重要だと見るのが、中国は六朝時代に原型が成立したとされる『拾遺記』だ。浦島子伝説の出所、『丹後国風土記』より成立年代が数100年前に遡る物語集である。
 同『拾遺記』には日本の浦島伝承の元となったと思しき[洞庭湖の竜女伝承]なるものが掲載されている。その内容はこうだ。
 「竜の化身だった女(『丹後国風土記』では亀の化身)に男が竜宮に連れて行かれ、開くと老人になってしまう箱を渡されて未来世界に戻る」。
 粗筋として見て、『丹後国風土記』の浦島子伝承と酷似している。というより、ほぼ間違いなく、『丹後国風土記』の浦島伝承の元ネタのひとつは『拾遺記』だ。
 そこから、こう考えることも出来る。
 「日本とアイルランドの伝承の東西をまたいだ共通基盤となるような今は無き伝承が存在し、その部分的表出のひとつとして中国の『拾遺記』があるのだ」。
 非常に虚偽多き共通超古代文明存在論 ―[アトランティス仮説](アトランティスに非常に危険な意味があることを他所で述べたことはこの際、置いておく)とでも言うべきか― の主唱者グラハム・ハンコック(あまりにも有名な、誤りとそれに対する批判多き書、『神々の指紋』の作者)のような発想である。

 だが、再度、しかしだ。上述した『拾遺記』の竜女伝承には確認する限り、[3年間の異界滞在]、[300年間の現世での時の経過]という年数込みの表現は無いようだ(『拾遺記』掲載の洞庭湖伝承の原本部を[中国語原文]で読んだわけではないので完全保証はしないが)。そこから、[ありえないような年数の一致性]すなわち[3年滞在で300年経過の一致性]が「つながらない時と場所をまたいで」、日本とアイルランドの伝承に「散発的に」登場していることになってしまう。

 さて、ここで誤解を避けるため、二点ほど、付言しておきたきことがある。
 一点目はオイシン伝承と同様、浦島子伝承と年数が近い仙郷滞在説話が「他にもある」ということだ。欧州の[ギンガモール(Guingamor)に絡む伝承]がそれである。より具体的には、ケルト文化の影響を強く受けたブリトン・レー( Breton lai )と呼ばれる短編物語群の中の一伝承、『作者不詳のギンガモールのブリトン・レー』がそれである。右伝承の主人公ギンガモールもまた、妖精の女性に誘われて異界へと至り、最後は老人と化してしまう。問題なのは、そのギンガモールが3日の異界滞在後、現世では300年が経過していた、ということである。「3日・300年」と浦島子の物語、そして、オイシンの物語の「3年・300年」にかなり近い。だが、だ。これは通常の伝承伝播で済む問題だ。ギンガモールの伝承に言及した最古の文献は12世紀のフランスのものとされ、それ以前に溯れない。というより、そもそもギンガモールの伝承を含む、ブリトン人の歌謡、ブリトン・レーは中世の文化事象だ。となると、同じくケルト文化の影響下にあるオイシン伝承、ローマ時代より語り継がれていたともいうオイシン伝承がギンガモール伝承の種本となっている、と考えることは易い。というよりそう考えないと筋が通らない。
 次に付言しておきたきことの二点目だ。「浦島子伝承やオイシン伝承と同じような筋立ての仙郷滞在説話が他にもアジア・欧州に複数、存在している」ということがそれである。だが、それら複数の伝承はどれも次の二つのうち、どちらかに当てはまるものである。
 「"オイシン伝承とギンガモール伝承"や"浦島伝承と洞庭湖の竜女伝承"の相互関係のように通常の時系列的文化伝播で説明できる」。
 「3年・300年という対応関係の外にある(仮に時系列的に不自然でも)」。
 それら伝承について詳しく知りたい向きは浦島子と同様の伝承を集めた日本語Webページ群を参照してみるのも良いかもしれない。情報として不十分なところがあるので、英文Wikipediaなどで補いつつだ。とにかく、「単純な時系列的文化伝播で説明がつく」、「3年・300年という対応関係の外にある」ことから多数の類似の仙境滞在説話はこの際、度外視してよいだろう。

 以上のようなことを総合加味して、繰り返すが、文献学的にみて、そして、確率論的にみて、こんな馬鹿げたこと、同じような異界体験に絡む3年と300年のパラレリズムが日本とアイルランドの間に存在しているということが成り立つはずがない。となると、こう考えざるをえなくなる。「8世紀の日本と中世以前のアイルランドというつながらない世界の具体的数値を伴った伝承を共に監修・操作できた存在を念頭に置かねばならない」
 では、その存在は何か?それについては本Webサイトからよく考えてほしい(私としては[洞庭湖の竜女伝承]にも、[亀の化身の女が登場する日本の『丹後国風土記』の話]にも爬虫類が関わっていることが実にかぐわかしいと考えているわけだが)。

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