プログラム拘束の魂たちが紡ぎ出す結末を変えるために

 
 

問題意識の所在 ―2―

 Web上のページが変わったということで前頁までの内容の確認をなしておこう。

 さて、前頁では、
非常に大仰、見様見方によっては誇大妄想狂(メガロマニア)の妄言あるいは宗教家や神秘家といった類 ―狂人にあらずんば詐欺師といった類― の話柄と見られかねないことと承知の上で
「呪われた人類史の真実を明らかにしつつ人類の解放を説く、というのが本Webサイト構築の本義である」と述べた。述べたところで、
「だが、現時、人類は ―具体的根拠に基づき― 危難の時を迎えていると推し量れる」
ともした。
 そして、その当然にして誤解あるいは軽蔑反応を招きかねない話の延長線上のこととして
「危機的状況を推し量る上での[一つのキーワード]ともなるのが[ニューヨークと結びつくアトラス](前頁ではまずもってティファニーを引き合いに持ち出した存在)である」と明言し、
「アトラスが危難の象徴たりうることを示すべく、[不快な事実群]を箇条表記していく」
としたうえで箇条書き部に入った。
 結果、既出箇条書き部の中で以下のようなことを ―前頁の内容を検討された方の中には『何故、"それら"が[アトラス]と関わるのか』と首をかしげている方も多かろうが― 訴求した。

「米国にて2001年9月11日に発生した事件は"11"という数値と結びつく

「実のことを言って、現代社会で"11"は緊急時の一つの象徴的数値として従前から存在していた(その背後にフリーメーソン達の関与があるとにおわせもした)」

「緊急時の"11"とも結びつく2001年9月11日の事件、[同時多発テロ]などと呼ぶのが[大人の常識にして慣例]となっている事件は事前に起こるべくことが多くのサブカルチャー作品の中で"露骨に"予告されていたものである(と述べるのと同時に、控え目に"極々一部の"例を挙げた)」

 以上で前頁内容の確認を終えるとし、箇条書き部の続きに入る。

・「11」0階建ての「二つの塔」(ツインタワー)が倒壊した911の事件の舞台となったワールド・トレード・センター。そのワールド・トレード・センターの建設を促していたのは誰か?デービッド・ロックフェラーである(補足:これは私の[主観]の話だが、デービッド・ロックフェラーは常識的に考えて、ほぼ確実に[チェス盤上の存在]だろう。要するに、大量虐殺込みで何でもやる存在、チェス盤状の床の上に立"たされる"ことで有名なフリーメーソン員だろう ―前頁の言を繰り返すも、チェス盤上のフリーメーソンが何たるか知りたければ、私の著作を読まれることをお勧めする― 。そして、括弧内補足ということで長くなりつつも[主観の話]を続けるが、私は「デービッド・ロックフェラーを陰謀の主犯かつ首班とする」日本で流布されている陰謀論には信憑性を1ミリも見出していない。そういった陰謀論を流布している輩も[表層面だけで騙され人を騙し続けるために"飼われている"存在]としか見ていない)。
 いいだろうか。ロックフェラー財閥の中心人物がワールド・トレード・センターの建設、多くのサブ・カルチャーで「最初から崩すことが決まっていた」と示唆されるワールド・トレード・センター(:前頁の内容を繰り返すが、映像レベルでの事前予告事実を暴露した動画が海外勇士の力でネット上に流通している。優に100を超える事例を挙げた動画が、だ)の建設を促していたのは非常に重要なことだ。
 何故か。ロックフェラー系の人間の使用ということ込みで全ての意味で「儀式がかっている」からだ。
 と、ここで、「儀式」ということに関しては、だ。飛行機によって奇襲されたワールド・トレード・センターの建設を受諾したのが日系アメリカ人ミ「ノル」・「ヤマ」サキ率いる設計事務所だったこと自体が人間を馬鹿にしたブラックジョーク的「儀式」だった、ニイタカ「ヤマ」「ノボ」レの暗号送信によって「飛行機の奇襲」によりはじまった真珠湾攻撃を意識させるように持ち出された「儀式」の一貫だった、とまでは"断言しない"(:だが、言っておくが、12月8日に始まった真珠湾攻撃も「11」と結びつく。「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の暗号で始まった奇襲の日付構成要素「1」「2」「8」も「9」「1」「1」と同様、足し合わせれば「11」となるからだ)。日米開戦までもが人間を馬鹿にした「儀式」でつながる、とまでは言いきらないも(ただし、その点について"も"判断を仰ぐようなことは後に書く)、とにかく、ロックフェラーがワールド・トレード・センター建設を促したのは真に儀式がかっているという意味で座視してはならぬ点を含んでいる。
 話がようやっと、そちら方向に一歩進んだが、「アトラス」につながる、という意味でだ([アトラスの儀]につながる、とも言える)。それについては既述のようにアトラスの2トン級彫像がニューヨークのロックフェラー・センターに目立つように存在している、ということが意味をなしてくると言えもする。デービッド・ロックフェラーがワールド・トレード・センターの設営を促していた時分よりも相当、前からである。そして、アトラスは「(近現代に至ってはロックフェラーが開発の主導的役割を担うようになっていた)ニューヨークの歴史的存在理由を示す」ものであり、「11」絡みでこの世界の行く末、計画通りに行った場合の行く末を暗示するものだ。神話と文献の記載内容(客観的事実としての情報)から導き出せることとして、だ。続く箇条表記部"各点"ではその話の前段階にあたる話をなしていくことになる。

・この点(・)以降の記載部はよりアカデミックで(言っておくが、嘘ばかりの文系非実用学問について私は多く何ら値打ちを見出していない)、かつ、より不快な話になる。しかし、だからと言って今は歩みを緩める時ではない。Webサイト閲覧者の方々には一見、迂遠な話であっても読み解いていただきたい。
 さて、まずもって、読者には ―若干、長くなるが― 次の「」内にて述べるようなことを把握していただきたい。

既述のように神話上、天界を支える役割を担うこととなったアトラス。彼は神話通には有名なギリシャ神話の英雄、ヘラクレスの計12の冒険の中"にも"登場するここでヘラクレスの12の冒険の具体的内容については、だ。興味ある向きは各自で詳細を調べていただければ、としつつ、とりあえずヘラクレスの一括りの冒険の総数が結局、"12"、今まで問題としてきた数の"11"の次の数となっていることだけを ―この段階では― 把握いただきたい)。
 そこにいうアトラス登場についてであるが、それはヘラクレスの計12の冒険中の第"11"番目の冒険の中での登場となっている ―11であることがポイントだ― 。
 その第11番目の冒険、【黄金のリンゴ】の取得にかかわる冒険の話は複数バージョンあり、それら複数バージョン全てが【フリーメーソン(のような者達を動かしている存在)との絡みで問題となる】とこれより述べていくのだが、アトラスが登場するのは異説とされるバージョンの方だ。その神話にあっての異説の中でヘラクレスは[人類に火を与えたとされるプロメテウス](いいだろうか。何故か、ロックフェラーセンターにアトラスと共に据えおかれている銅像は ―先に既述のように― このプロメテウスである)を囚われの身から開放。開放した上で、そのプロメテウスからこう進言される。
「アトラスなら(ヘラクレスの冒険の取得目標となっていた)黄金のリンゴの在り処を把握しているだろうから、会いに行くべきだ」。
 ためにヘラクレスはアトラス、天界の支え人たるアトラスに会いに行き、その天界を担ぐ役割を一時、肩代わりした上で機略を働かせて黄金のリンゴを入手した ―付記:実に不快なことに巨人アトラスは一部伝承では[蛇を髪としたメデューサの生首によって石と化していたとされる存在]とされている。そう思われる方もいようが、その一事をもってしても、デービッド・アイクという男が欧米圏にて大々的に広めた、人類の支配者が爬虫類人ことレプティリアンである、との異説につながる― 

 と、ここまでの「」内記述部からでは
【(既述のような形で建設が推し進められていたワールド・トレード・センターにおける)ツインタワー崩壊劇にも頻出を認められる11という数】
【プロメテウスとアトラスの ―ロックフェラーセンターの二大彫像を意識させるような― 神話上11番目の冒険における共演】

という点以上に意味のある相関性を見出すことは出来ず、また、それだけならよくある偶然の一致で済ませてしまってよかったかもしれない。 だが、補足としての図を挙げた後に、である。触れる"以降の各点"で挙げるような信じがたいような一致性・相関性の数々を目にされて意味を見出さない、という向きがあられたら、その方には別の意味で感心させられる。


※枠外部にあたるこの場で図を挙げておく。まずもって[左上の図像]だ。アトラスとつながるヘラクレス(Hercules)が「赤ん坊の時より蛇をくびり殺してきた」という伝承に基づき2世紀頃、作成されたと伝わる彫像を抜粋したものである。次いで、[上図中央]。同じくヘラクレスが「ヒドラ」退治の折、「多頭の蛇の怪物(ヒドラ)の首を切っても新たに二本の首が生えてくるという事象に際会、苦戦した」様が描かれている絵の一部だ。[上図右]。19世紀はフランスのギュスターブ・モローの画でヘラクレスが9本の頭を持つとされるヒドラに向き合う様が描かれている(そこに[日本のヤマタノオロチとスサノオの話との相似形](あるいはその関連神話の"九"頭竜とヤマトタケルの話との相似形)を見出す方もおられるかもしれないが、そういったことについての解説は本Webサイト他記事や後の著作に譲ることとしよう)。

 さて、ヘラクレス絡みの図像群を(くどくなりつつも)挙げたのには「操作者の予定を推し量って欲しい」という意図があるからである。その点、「は?何の予定だよ?裸の男と蛇の怪物の格闘図から何が分かるっていうんだよ」という声もあろう。だが、知っておいて欲しい。まずもって、赤ん坊の時分から蛇をくびり殺していたヘラクレス。上彫像からは判断がつかないが、彼が物心つく前の赤ん坊時に殺した蛇の数は「二匹」とはっきり神話上で明示されている。また、繰り返すが、9本の頭を持つヒドラの首を、だ。成人したヘラクレスが斬首する毎に新たに「二つの首」が生えてきたとされている。「2」(赤ん坊の時にしとめた蛇の数、または、新規に生えてくる多頭の蛇の怪物の頭の数)+「9」ということでまたもや「11」につながってしまうと「とれる」ようになっている。
 何?馬鹿らしい数遊びはやめろ?もったいぶったうえでそんな"こじつけ"なのか?牽強付会(持説押し付け)にすぎる?
 それだけ見れば、そう思われてこそ然るべきだ。しかしである。のような感想を抱かれた上ででも次のことを把握しておいてほしい。

「[蛇の眷属殺し]として知られるヘラクレスはアトラスと共に11つながりでフリーメーソン象徴主義などと不快な形で結びつく存在である特に後述するような"柱"の話との兼ね合いで、だ)。その結びつきのあまりにもの ―[多重的寓意における精妙さ]という意味での― 出来すぎ度合ゆえに、ヘラクレスという存在ツインタワー(双子の塔)ではないがイーピクレス(Iphikles)という人物と双生児(ツインズ)だったとの[神話上での設定]を伴いもする存在にはどんな記号論的意味が付加されているかわかったものではない、とのことがある。換言すれば、[ヘラクレスが赤ん坊の折、殺した二匹の蛇]や[ヘラクレスが後に殺した9の頭をもつ怪蛇ヒドラ/一つの頭を切り落とすごとに二匹の蛇が生えてきたヒドラ]が二匹と九匹との文脈で仮に意味をもっていたとしても不自然ではないと言えるだけの背景がある ―委細にいまだ踏み込まずのこの段階では[全くのこじつけである]との見方を放棄すべきである、などと述べはしないが― 」。

 上のようなことを念頭においてもらえさえいれば、図像群を挙げた意図を、こじつけがましき話をわざわざなした意図を「後の段で」お分かりいただけるだろう。


・ヘラクレス像紹介部を終えたところで箇条書き部に戻ろう。
 まずもって伝えておくが、(箇条書き部における)ここでの点(・)と続く二つの点では
[アトラスとヘラクレスのより密接な"神話上"の関係]
について述べることに注力する。 より具体的には[今日のアメリカ大陸ととれる伝承上の存在をも介したより密接な関係]について述べることに注力する。人によっては非常に退屈な話と映るだろう、とは重々、承知の上だが、避けては通れぬ点だからだ。
 さて、 前の箇条書き部で述べたように
「アトラスはヘラクレスの計12の冒険の中の[第11番目の冒険(の異説版)]の中に登場する」。
 それにつき神話の冒険でアトラスが"直に"関わってくるのは同「11番目の冒険」だけである。 しかし、アトラスとヘラクレスの関係について考えるにあたって重要となってくるのは

神話ではアトラスが"直に"関わってくるただひとつの冒険である[第11番目の冒険]の一つ前の冒険、[第10番目の冒険]からヘラクレスとアトラスの結びつきは見出せるようになる。アメリカ大陸、常識上、ヘラクレスの物語を伝えた地中海の民(ギリシャ人と後裔のローマ人)がその存在を知らなかったとされるアメリカ大陸も意味深に関わってくることとして、である」

ということである。
 その点についてはアメリカ大陸も関わっていると「今日的には解釈できる」という意味で結びつくようになっているということだが、とにかくも、極めて重要な話となる(何故ならフリーメーソンがその解釈によって動かされているようだからだ)。
 さて、アメリカも ―今日的解釈上だけであったとしても― 関わってくる10番目の冒険の内容だが、
(ヘラクレスが)海の果てにある島でゲーリュオーンという名の存在が飼う赤い牛を奪ってくる
というものである。 同「第10番目の冒険」の途上、そう、「普通では辿り着くことは出来ないというゲーリュオーンの住む島」に渡る途上、ヘラクレスはジブラルタル海峡(地中海と大西洋を挟む海峡、ヨーロッパとアフリカの端によってなる海峡だ)に「ヘラクレスの柱(二本の柱)」と呼ばれるランドマークをもたらしたことになったと伝わる。一説には地中海と大西洋がアトラス山脈で分かたれていたところを怪力で貫通させ(すなわち、海峡を造った)、断崖絶壁としての「二本の柱」をもたらしたというのである。
 その「二本の柱」自体も実は凄まじく重要なのだが、それについては後の箇条書き部で詳述するとして、だ。差し当たって問題とすべきは
「何故、第10番目の冒険の時点でアトラスとヘラクレスがアメリカ大陸を"媒介としつつ"結びつく(あるいはそう解釈できる)か」だ。
 とした上で、ここまで真剣にお読みになられた方のうち、勘の良い方は次のように思われているかもしれない。
『この男が言いたいことはこうか。「ヘラクレスは10番目の冒険で大西洋と地中海を挟む壁、アトラス山脈を突破し、普通では行けない島に行った。だから、そこでギリシャ人が辿り着けなかったとされる大西洋の先にあるアメリカとアトラスとヘラクレスが結びつく」。底の浅い発想だな』。
 "半面"ではまさにそうだ。だが、それだけではない。アトラス絡みの名である"アトランティ"スがアメリカ大陸と同義たりうるということ"も深く"関わってくるのだ。が、その点については、アトランティスに関する話についてはただでさえ「詰め込みすぎてわかりづらくなって恐縮」という中、よりわかりづらくはしたくない、という配慮の下、以降の(箇条書き部の)点で述べることとしよう。

・アトランティス。言うまでもないことと思うが、ロマンチストや空想家、そして、自称冒険者が[かつて大洋に浮かんでいたものの、洪水で海中に没した大陸と比肩すべき広大な陸地]などと夢見がちに語る存在である(:アトランティスという名称の由来だが、古代ギリシャの思想家、プラトンがアトランティス実在説を世に広めた際に始祖としての王、アトラスなる"人"物 と結びつけて語ったことにあると"される"。ヘラクレスの冒険のアトラスとは全く関係ない文脈で、だ)。
 が、この際、その「アトランティス」が海中に没した広大な陸地として「実在していたかどうか」はどうでもよいことだ。「アトランティスがアメリカ大陸(あるいは後述することとしてニューヨーク)と同義たりうる」「そのことがアトラスとヘラクレスの関係に結びつく」ということが訴えたき大事なことだからだ。
 さて、まず最初にアトランティスが何故、「アメリカ大陸と結びつくか」だが、読者には次のカッコ「」内記述を踏まえておいてほしい(今日的解釈を間にはさめば古典字面の次元でアトランティスがアメリカと結びつくようになっているということを把握しておいてもらいたい)。

アトランティスは"ヘラクレスの柱(既述)"の先にある大洋(大西洋)の先にある陸地であり[アジアとリビアを合わせたよりも大きい広大な陸地]である、とプラトンの著書『ティマイオス』に伝わっている (言っておくが、(当サイト経由公開の著作で詳述しているような)[虚偽や贋造疑惑で満ち満ちている人間の歴史]にあってプラトンなる人間が紀元前5-4世紀のギリシャに"実在"し、その男自身が『ティマイオス』という著書を書いたことが史実であるとは保証しない。史実であるとは保証せぬも、ここでは、そのことは ―他の古典同様、少なくともルネサンス期にはその存在・出版が確認されている『ティマイオス』の今日的解釈のありようがネックになるゆえ― 問題にならない)。

 "今日的な基準"で見れば、アトランティス実在論の最古にして最大の根拠となるプラトン著作。その中に見る広大極まりない陸地たるアトランティスとはアメリカ大陸そのものであると"とれる"記述 ―[アジアとリビアを合わせたよりも大きい太平洋上での陸地]との記述― がある。とにかくも、それはお分かりになられたことだろう(:が、プラトンが[アジアとリビアを併せたより大きな陸地]とアトランティスを表していたことにつき往古ギリシャ人にとってのアジアは現トルコ方面を指すにすぎないため、「アトランティスは大陸ではなく巨大な島である」と反対意見を表したくなる向きもあるかもしれない。その点については「今日的に見てアトランティス=アメリカと解釈できることが儀式との兼ね合いで重要なのだ」と応えておきたい)。
 さて、大西洋 ―"アトラ"ンティック・オーシャン。大西洋自体の語源はアトランティスではなくアトラス山脈にあるというのが通説― に浮かんでいたというそのアトランティス、[古典上の記述に照らし合わせれば、"現時点で"アメリカ大陸しか同等物が存在しない伝説上の存在]が「ヘラクレスとアトラス双方と密接に結びつく」と判断すべきだけの根拠がある(換言すれば「ヘラクレスとアトラスがアトランティスを媒介にしつつ結びつくとすべきだけの根拠がある」)。それについて続く箇条書き部の点(・)で述べよう。

追記:今日にあっても取り沙汰される[アトランティス実在説]の先駆けとなった19世紀末の著作、 Atlantis: The Antediluvian World『アトランティス大洪水前の世界』の表紙よりの抜粋。その著者、イグナティウス・ドネリーの主張していたこと、今日のグラハム・ハンコックのような人物にまで ―虚実ないまぜにせよ― 受け継がれている[文明の揺籃地としての沈んだ世界]説自体は真実であろうとなかろうと今日に生きる我々にとっては「直接的には」重要ではないものととれる ―愚か者達に[起こりうる洪水の中での生き残り]などを餌に大局的滅亡への階梯を準備させる上では意味があるかもしれない、という文脈を除いてだが― 。しかし、他面、アトランティス=アメリカそのものと解釈「できる」ことは我々全員にとり本当に重要となってくる It is extremely important we can regard the present American continent ( not "lost" Antediluvian World ) as Atlantis. )。何故か。その理由については本稿 ―[問題意識の所在]と題して始めているウェブ上の計16頁― を読み解いていく過程でご理解いただけるだろう。

・直前二つの点(・)にて、である。
「アトラスとヘラクレスは字面上のヘラクレスの第11の冒険の話からだけではなくそれ以前の第10の冒険の時点から関わっている」(ゆえに両者の相関関係は重みを有しているし、それがフリーメーソンとのかかわりを後述する段にて意味を有してくる
とした上で
「ヘラクレスとアトラスは(ヘラクレスの10番目の冒険の時点で)アメリカを媒介にした上でも"深く"結びつき、そして、そのアメリカはアトランティスと解釈できるものである」
と述べた。
 が、「アトランティス(アメリカ)が何故、ヘラクレスとアトラスの双方に"深く"結びつく存在になるか」という説明には至らなかった。ために、「アトランティス(=アメリカ)を介しつつ、ヘラクレスとアトラスが"深く"結びつく」ことに対する説明をここで講じる。その点、まずって、アトランティスが「アトラスの娘達」という意味を有する言葉である、ということも重要になってくる。いいだろうか。「アトランティス=アトラスの娘達」だ。右を深くも胸中にお含みいただきたいとした上で続けるが、ヘラクレスが第11番目の冒険で黄金のリンゴ(余談だが、エデンの園で蛇が人間に与えた知恵の樹の実もリンゴであると言われている)をとってくる先となっていたのは「西の果てにあるヘスペリデスの果樹園」と呼称される場所だ。そして、そこに言う「ヘスペリデス」とは神話上、「アトラスの娘達」のことだ。
 そこから、「ヘラクレスが第11番目の冒険で向かった西の果て」が「ヘスペリデスの園」(アトラスの娘達の園)改め「アトランティスの地」([アトラスの娘=アトランティス]の地。アトランティスはアメリカと解釈可能)と言い換えることが出来るものであることがわかるだろう(アトラスの娘達とされるヘスペリデスはヘシオドスの『神統記』では夜の神、ニュクスの娘とされているが、にしても、やはり、西の果てで黄金のリンゴの守護する者とされている)。
 以上、述べたことを踏まえた上で、だ。次の〔1〕-〔5〕に目をお通しいただきたい。

〔1〕ヘラクレスは10番目の冒険でジブラルタ海峡を渡った(「アトラス」の海に入った)。そして、進みに進んで島に着いたとされることより、[アトランティス=アメリカが存在していると考えられる「西の果て」](第11の冒険の目的地となるヘスペリデスの園)方面に向かったよう"にも"見える。

〔2〕直前の〔1〕とかぶるが、ゲーリュオーンの住まう島はアトランティス(アトラスの娘達ことアメリカ)を想起させる普通では行けない島、神の助力を受けぬと辿り着けない島だったと神話に伝わる(ヘスペリデスの園=アトランティスも所在地不明の普通では行けぬ場所とされることが多い。そして、「現代的観点で解釈すればアトランティスは ―(プラトン著作『ティマイオス』に見る[ヘラクレスの柱(地中海出口)の先にあるアジアとアフリカのリビアを合わせたより大きな陸地]との記述より)― そこしかない」ととれるアメリカも常識上、欧州人が(一部バイキングを除き)大航海時代まではたどり着くことが出来なかったとされる"新"世界だ)。

〔3〕(ここで初めて書くことだが)ヘラクレスはジブラルタル海峡のはるか先にあるゲーリュオーンの島に黄金の盃に乗って渡ったとされる。その10番目の冒険の話は第11番目の冒険時、ヘラクレスが「ヘスペリデスの園=アトランティス=アメリカ」に黄金のリンゴを求めて向かったことと「黄金」でつながる。

〔4〕第11の冒険の異説で登場するアトラス(アトランティスの父)にはメデューサの首によって石化していたとの伝説がある。他面、第10の冒険に登場するゲーリュオーンにはメデューサの孫だったという話がある。第10の冒険と第11の冒険、双方に「メデューサ」が関わってくる(:ちなみに、Medusaをペルセウス ―ヘラクレスの先祖― が斃した場所は「ヘスペリデスの園と同じ場である」とされている)。

〔5〕ヘラクレスはアトラスが登場しない方の通説上の第11番目の冒険で100の頭を持つという多頭の蛇の怪物ラドン(多頭の蛇だが、ヒドラとは別存在で既述のゲーリュオーンとは兄妹の関係にある蛇女エキドナの子にあたる)を倒して黄金のリンゴを奪う。アトラスの娘達の管理する園 ―西の果て。ヘスペリデスの園=アトランティス=アメリカ― で、だ。他面、ヘラクレスは10番目の冒険でメデューサの孫(「黄金」の剣を持ってメデューサから生まれたというクリューサーオールの子)にあたるゲーリュオーンの飼っている家畜を奪い取る。通説上の11番目の冒険でヘラクレスが向き合うのがラドンが「100の頭を持つ蛇にしてメデューサの眷族」の怪物なら、同じく、ヘラクレスが第10番目の冒険で相対するのも「多頭の蛇」を想起させるメデューサの眷族、ゲーリュオーンだった(後述することだが、[神話上の血縁でいうラドンの叔父にあたるゲーリュオーン]は実は[蛇のカルト]と揶揄されもするフリーメーソンの比喩となりうる存在である)。 

 と、以上、〔1〕-〔5〕をお読みいただければ、だ。
[ジブラルタル海峡の先にある普通ではたどり着けぬ島(ヘラクレスの10番目の冒険の目的地)]
[大西洋の先にあるというアトランティスを想起させるアトラスの娘達の園(11番目の冒険の目的地、ヘスペリデスの園)]
も"今日的な視点から見て"アトランティスを媒介にしつつ、つながることがお分かりいただけることか、と思う。換言すれば、第10番目(二本のは柱が打ち建てられた冒険)と第11番目の冒険が相似形を呈しながら、アメリカを媒介にしつつアトラスとヘラクレスをつなげているということがお分かりいただけることか、と思う。

 長くなってしまった。ここまでで「アトラスとヘラクレスのより密接な関係/アメリカを介したより密接な関係」について解説を講じてきた。ややこしく、かつ、迂遠な話となってしまって恐縮だが 、読者の方には次のことだけは把握しておいてほしい。

 「アトラス(とヘラクレス)とアメリカについて今まで述べてきたことはそれだけで意味をなすことではない。その他のあまりに不快なマーキング群をも複合勘案してはじめて意味をなすものである」。

 以降の点では何故、今まで延々と述べてきたことが現代社会と我々の前に立ちはだかる岩壁の話に結びつくのか、その話をしていく。
 「人類の行く末には "選択次第では" いい意味で曙光が差している」。
 そのように信じ、かつ、そのようになって欲しくて、話をしていくのだ。
:言っておくが、私は「光を与えて啓蒙する存在」などとされるイルミナティ(人によってはフリーメーソンのインナーサークルへの呼称ととられようか)などではない ―「光が射す方へ」と口にしはするも―。 
 大半が「人形」 ―あるいは「下劣な」という意味での犬、陳腐化のために人様の物真似をさせられたりもする本質的には飼われているだけの犬― と見る有象無象の陰謀論者達。彼らが災禍の中枢だと主張するところのイルミナティと呼ばれる存在が何なのかについては私の無償公開著作を読んでいただければ、多くのことをわかっていただけるだろう
)。

※事後の布石として図を挙げておく。
 上掲左はイギリス思想史の泰斗、フランシス・ベーコンの17世紀初頭の著、 Novum Organum『ノヴム・オルガヌム(新機関)』からの抜粋だ。もっと、言ってしまえば、 Instauratio Magna『大いなる変革』と書かれた『新機関』の中の序論部の銅版画の抜粋だ。今までの内容をきちんとご覧になられていれば、お分かりになろうかと思うが、船が航海に当たって通り過ぎようとしているのは「ヘラクレスの柱ことジブラルタル海峡両端」の象徴物である(ヘラクレスが10番目の冒険にて建てた二本の柱はジブラルタル海峡の象徴物と ―常識上― みなされている)。 そして、船の向かう先はおそらくというより確実に「アトランティス = アメリカ大陸」だ。 何故か。
 まずもって、ベーコンには ―『ノヴム・オルガヌム』より後の著書であるが― 『ニュー・アトランティス』という著書があって彼がその中で
Great Atlantisこと大アトランティスは新大陸アメリカである」
と一言だけ言及していることが根拠になる(グレート・アトランティスとは存在を異にするニュー・アトランティスが南米はペルーの西部にあるとしている一方で、である)。
 それに加えてだからこそ意味あることとして、図を持ち出した『ノヴム・オルガヌム』自体と結びつく1620年がイギリス人の北米移住史上、重要な年となっているということもある(1620年はイギリス系のアメリカの父祖達がメイフラワー号でマサチューセッツに入植しだした年だ)。
 ために、フランシス・ベーコンが[『ノヴム・オルガヌム』で船の向かう先]をアメリカ大陸 = アトランティスと定置していたのはほぼ確実なのだ。
 以上、上掲左図の船の向かう先がアメリカであると述べたうえで、次いで、上掲の右。「二本の柱」ともいうべき二つの塔、9月11日に最大限、スポットライトを浴びることになった「11」0階建ての二つの塔についての説明は不要であろう。

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